Railway Frontline

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只見線全線再開への歩み。営業係数49の閑散線区が復旧に至った要因とは

JR東日本福島県は一部区間で不通が続くJR只見線について、10月1日に全線での運行を再開すると発表しました。全国でも屈指の閑散線区といわれる同線が全線復旧に漕ぎ着けるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、先日運行再開日が正式発表されたJR東日本只見線について、被災から復旧に至るまでの歩みを詳しく振り返り、全国に存在するローカル線の問題に与える示唆も探ります。

JR只見線とその被災についてのあらまし

只見線は、会津若松駅小出駅を結ぶJR東日本の路線です。福島県新潟県を跨いで東西に走り、路線距離は135.2㎞に及びます。沿線地域は只見川や会津盆地など山深い場所が多く、全線が単線・非電化の典型的なローカル線となっています。ただ、その環境故に絶景も多く、日本国内のみならずSNSを通じて海外からも注目を集めています。

路線の全通は1971年。その後自然災害や事故などによる一定期間の運休・バス代行はあったものの、あくまで全線が鉄道として維持されたまま、2011年の全線開通40周年を迎えました。

しかし、全線開通40周年を記念した特別列車が運転された僅か一週間後に試練が襲います。2011年7月30日、新潟・福島両県に襲来した豪雨により、只見川にかかる鉄橋が複数流失。会津坂本駅会津柳津駅間では路盤が流出し、会津坂下駅小出駅間が不通となりました。被災後は被害の比較的軽微な区間から順に復旧されていったものの、最も被害が甚大だった会津川口駅只見駅間の27.6㎞については復旧方針が決まらないまま時間が経過していました。

2016年に入ると、関係者が一堂に会して「福島県JR只見線復興推進会議検討会」が開催され、只見線の復旧方法や利活用促進、只見線を核とした地域振興策等の検討が進められることとなります。次項ではこの検討会の内容を詳しく見ていきます*1

被災後の検討の経緯

第1回・第2回検討会 ーJRはバス転換を希望

福島県と沿線自治体に加え、JR東日本国交省の担当者が集って第1回の検討会が行われたのは2016年の3月(第2回は同年5月)。ここでは只見線にまつわるこれまでの取り組みの共有と、復旧方針の決定に向けた検討が主なテーマでした。

この席上で、地元自治体は早期の全線復旧を求める強い意志を示したものの、JR東日本は利用状況の厳しさなどから「鉄道復旧は困難であり、バス転換が望ましい」という立場を示しました。事実、不通区間会津川口~只見)の利用者数はJR発足以降減少を続け、被災直前までに約4分の1まで減少していたのです。1日1㎞あたりの平均通過人員を示す輸送密度は2010年度で49。同区間の収支状況も5百万円の営業収益に対して営業費がおよそ3億3千万円。つまり、収益の67倍も営業費がかかるという惨憺たる様相を呈していました。

※輸送密度に関しては一面的な扱いに異を唱える向きもあります。詳しくは過去記事もご参照ください

railway-frontline.hatenablog.com

これに対して地元自治体は、復旧費用の地元負担が更に増加したとしても鉄道復旧を目指したいという強い意思を表明し、バス転換のみではなく、鉄道復旧の可能性についても検討するようJRに強く要請しました。結果的にこの熱意にJR側も折れる形となり、当初示す予定のなかった鉄道復旧方策の提案も行うということで合意に至ったのです。

第3回検討会 ー「鉄道復旧なら上下分離」

第3回検討会(同年6月)では、JR東日本から「バス転換」と「鉄道復旧」の両案についての説明がなされました。これは、バス転換の場合、本数は一日6.5往復、停留所は11か所+α、運営費は年間0.53億円で済むのに対し、鉄道復旧の場合本数は一日3往復にとどまり、駅は8つ、復旧費として約85億円がかかるのに加えて運営費も年間2.80億円という、非常に厳しい内容でした。つまり、”バスにするなら費用は少なく済むし本数や停留場を増やす用意もあるが、鉄道復旧を目指すのであれば本数や駅数は少ないままで桁違いの費用がかかってしまう”という意思表示であり、JR東日本としてどちらを薦めているのかは一目瞭然でした。

この中で、すべてをJR東日本が負担しての復旧は困難との考えも改めて示され、JR東日本が運行を継続するための条件として、復旧費の地元負担のみならず、運営費の一部についても地元の負担(=上下分離方式の導入)が必要との考えが示されました。

これだけの情報を見せられれば流石に地元もバス転換を受け入れるかと思いきや、当の地元市町村は「厳しい条件ではあるがクリアしなければならない課題が明らかになったものであり、前向きに受け止める」という驚くほどポジティブな解釈をしていました。

第4回・第5回検討会 ーバスと鉄道の比較

同年の9月と11月に行われた第4回・第5回検討会の議題はバス転換と鉄道復旧の比較検討。

JRからはまず、復旧工事の費用を再積算したところ85億円から108億円に膨れ上がったという報告がありました。しかしその後、第8只見川橋梁について、自治体側における治水対策の強化や安全対策などを前提として現位置での復旧を行うことが決定。これにより、工事費は108億円から当初見積もりを下回る81億円に、工期については約4年から約3年に短縮できる見通しとなり、鉄道復旧への追い風となりました。

また、復旧費の3分の2を地元が負担、さらに上下分離方式により運営費の内、鉄道施設経費を地元が負担、JR東日本の負担は復旧費の3分の1にとどめるという方針が了承されました。

第6回検討会 ー鉄道での復旧方針を全会一致で決定

住民からの意見を吸い上げる住民懇談会の実施後、2016年12月に行われた第6回検討会では、「県と沿線自治体が一丸となって様々な問題を克服し、国やJRの協力を得ながら、上下分離方式により只見線を鉄道で復旧する」との方針を全会一致で決定。全線開通を見据えた只見線利活用プロジェクトチームを立ち上げることとなりました。

第7回検討会 ー示された福島県の覚悟

年が明け、2017年1月に行われた第7回検討会では、上下分離方式における鉄道施設等の保有・管理体制についての検討が主題となりました。

この中で、施設の保有・管理主体として福島県が中心となる方向性が確認されました。また、運営費の負担割合においても「地元負担の軽減を図る視点から、復旧費負担について県が覚悟を持って取り組む」という決意が示され、県が7割、沿線市町村が3割を負担するという方針が承認されました。これには、福島県側の相当な覚悟が垣間見えます。

鉄道復旧に向け着工。復旧後の利活用が正念場

不通区間の復旧工事は2018年6月に開始。工事着手後に判明した事象により工期は半年延びたものの、2022年の10月1日に営業運行を開始できる見込みが立ったと先日発表されたところです。福島県の内堀知事は会見で「地元と連携し只見線を核とした地方創成に挑戦していく」と強調し、財政負担を上回る経済効果の創出を目指して取り組む意欲を示しています*2

ただし、これで只見線の問題がすべて解決したわけではありません。被災前から深刻化している利用者の落ち込みなど、正念場はむしろこれからと言ってもいいでしょう。また、只見線の鉄道復旧そのものに否定的な意見も当然あり、例えば福島県の「平成31年度包括外部監査報告書」には、事実上の生活路線である只見線はバスで代替可能であり、同線が一本に繋がってこそ機能を発揮するという”共同幻想”によって巨額を負担するのは合理的でないという意見が寄せられていました*3

沿線自治体は今後、只見線の利活用に向けた様々な取り組みを進めていくこととしています。地域振興における活用のための観光PRが筆頭ですが、地域間の相互交流、自治体職員の通勤利用促進、学校利用の呼びかけといった地元利用の掘り起こしにも力が入れられています*4。こうした取り組みが実質的かつ継続的な成果をあげられるようしっかりとサポートしていくことがこれからの課題となるのではないでしょうか。

なぜ鉄道復旧が実現したのか?

以上、被災から全線復旧に至る只見線の歩みを見てきましたが、利用の非常に少ない閑散線区の鉄道復旧が実現した要因をここからいくつか挙げてみましょう。もちろん、下記の他にも様々な要因が考えられるでしょう。

  1. 地元に”費用負担の意思を伴う”鉄道復旧への熱意があった
  2. 鉄道事業者が地元の強い意向に対して幾分か妥協した
  3. 復旧費負担や上下分離の内容について事業者と地元が折り合えた
  4. 沿線市町村(基礎自治体)の負担力を超える部分を県(広域自治体)の負担によってカバーする仕組みをつくることができた

只見線の事例は、全国各地のローカル線問題にも示唆を与えるのとなるでしょう。只見線が予定通り全線再開した暁には、皆さまもぜひ一度乗りに出かけてみてはいかがでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年5月20日

Nagatown

*1:福島県 「JR只見線の全線復旧に向けた検討」 https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kentou.html

*2:福島民報 「JR只見線10月1日に全線再開 JR東と福島県が正式発表」 https://nordot.app/899815422035918848?c=648454265403114593

*3:福島県平成31年度包括外部監査報告書 復興事業に係る事務の執行について」 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/388324.pdf

*4:東洋経済オンライン 「豪雨被災から10年、復旧すすむ只見線不通区間https://toyokeizai.net/articles/-/463250?page=4