Railway Frontline

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東急線で今日から開始、”実質再エネ100%”のカラクリとは?【鉄道×環境】【鉄道最新情報】

東急電鉄は本日4月1日から、東急線全路線での運行にかかる電力を再生可能エネルギー由来の実質CO2排出ゼロの電力に置き換えました。近頃は同業他社でも類似した取り組みが行われていますが、そこにはどんなカラクリがあるのでしょうか?

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画像は東急東横線の5050系(綱島駅・筆者撮影)

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、昨今の脱炭素の機運の高まりを受け鉄道業界で流行している”実質再エネ100%”電力の使用について、その仕組みを明らかにしていきます。

東急以外でも相次ぐ”実質再エネ電力”の導入

冒頭でも述べた通り、東急電鉄では本日4月1日から、全路線での運行にかかる電力を、再生可能エネルギー由来の電力に置き換えています。これは、同社が作成した環境ビジョン2030に基き、脱炭素・循環型社会実現への象徴的アクションの一つとして行うもので、長期目標に掲げる2050年のカーボンニュートラル実現に向けた大きな前進であるとされています*1

こうした取り組みは近年、鉄道業界全体で流行しています。以下の画像に示すように、小田急東武、西武、京急JR九州など、多くの大手鉄道事業者が何らかの形で実質再エネ電力の導入を行っているのです。背景には、昨今の環境問題に対する世界的な意識の高まりや、企業に社会貢献を求める姿勢の広がり(SDGsやESG投資)などがあります。時代の要請に対応することで自社のイメージアップを図る狙いもあるでしょう。

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「非化石証書」とは何か?

さて、”実質再エネ”の電力で列車が走る仕組みとはどのようなものなのでしょうか?また、CO2排出量の削減自体はかねてより呼びかけられていたことですが、近年になって急速に”実質再エネ”の導入が増えてきたということも不思議です。本来であれば、再エネの導入には相応のコストや時間がかかるものであるからです。実は、そこには企業が手軽に”実質再エネ”を導入できる新たな制度がありました。それこそが「非化石証書」なのです。

「非化石証書」とは、再生可能エネルギー(非化石燃料由来)で発電された電力から、”環境にやさしい再生可能エネルギーで発電した”という価値(=環境価値)を切り離し、証書にしたものです。この証書は発電された電気自体とは別に市場で取引され、それを購入すると環境価値を手に入れることができる仕組みになっています。国の制度として、2018年度から始まりました。

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つまり、非化石証書を購入すると、実際に再生可能エネルギー由来の電気を使用しているかどうかとは関係なく「(実質的に)再生可能エネルギー由来の電気を使用している」と主張することができるようになります(”実質的に”の部分がミソです)。鉄道各社が用いているのはこの仕組みなのです。

実際に、各社が発表した”実質再エネ”導入のプレスリリースを見てみると、どのプレスにも非化石証書について記載した図が添えられています。また、いずれの図においても「電気の流れ」と「環境価値の流れ」が別々に描かれており、再生可能エネルギー由来の電気そのものではなく、環境価値のみを購入していることが示されています。このように、非化石証書は各鉄道会社の”実質再エネ”導入において不可欠な役割を果たしています。

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”実質再エネ”の仕組みに欺瞞はないのか

ここまで来て、どうも納得のいかない思いをされている方もいらっしゃるのではないかと思います。実際、筆者自身も最初にこの仕組みを知った時はどこか狐につままれたような感じがしたことを覚えています。

事実、この仕組みが本当に「環境にやさしい」と言えるのか、という点については議論があります。これを検討するためにはまず「環境にやさしい」の定義を決めることが必要となりますが、ここではさしあたり「CO2排出量を従来よりも減らせること」としておきます。

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非化石証書の取引について、「再エネ政策普及研究会」が指摘している問題点は次の通りです。まず、「再エネの環境価値が取引されても、それはいったん買い取られた再エネ価値の再販市場であるため、証書取引による再エネ拡大効果がない」という点。また、「証書購入は自らリスクを負って再エネ電力を取得するより安価であることから、実質的な再エネ拡大のインセンティブを挫くモラルハザードにつながる」という点も大きな問題であるとしています*2

加えて、非化石証書を購入することにより、どのような発電方法の電気であったとしても実質的に再生可能エネルギーの電気を共有していると”みなす”ことが可能となりますが、それはあくまでも他の誰かが発電した再生可能エネルギーの電気の環境価値を買い取ったということに過ぎず、社会全体で見れば再生可能エネルギーによる発電量は少しも増加しませんし、CO2の排出量についてもまったく減ることはありません。こうした点では、国家間におけるCO2の排出量取引とも似た側面があるように思います。

いずれにせよ、これでは先ほど定義した「CO2排出量を従来よりも減らせること」という定義には合致しませんので、非化石証書による実質再エネ導入は必ずしも「環境にやさしい」と言うことはできないという結論に至ります。

もちろん、鉄道会社の努力を全面的に否定するわけではありません。実質であろうと何であろうと、再エネ由来の電気を導入するためにわざわざ追加のコストをかけて努力していることに変わりはありませんし、「鉄道会社が再エネ導入」というニュースが出回ることによって、同業他社や他業種における環境対策を間接的に促進する効果もあると思います。ただ、この取り組みだけではあまり実質的な効果が望めないという指摘をご紹介したまでです。

 

今後、非化石証書のこうした側面が広く問題視されるようになることがあれば、鉄道各社は証書の買取によって自社内のみでCO2排出を削減するようなやり方ではなく、社会全体で見て本当にCO2の削減につながるような新たな方策を検討する必要に迫られることになるかもしれません。

というよりも、もともと鉄道は輸送機関においては最も環境にやさしくCO2排出量に至っては実に自家用車の7分の1であるということを考えると、自家用車から鉄道への乗り換え、すなわちモーダルシフトを推進したほうがCO2削減の面では大きな効果が見込めるような気もします。

日本を含む多くの先進国がカーボンニュートラル実現の目標に据える2050年には、鉄道会社はどのような形で環境問題に取り組んでいるのでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年4月1日

Nagatown

*1:東急電鉄 「日本初 鉄軌道全路線を再生可能エネルギー由来の電力100%にて運行」 https://www.tokyu.co.jp/image/news/pdf/20220328-2.pdf

*2:国際環境経済研究所 「新たな非化石価値取引制度:再エネ価値取引市場の問題点」 https://ieei.or.jp/2021/08/special201512017/