Railway Frontline

鉄道にまつわる最新の情報やデータを収集・分析しながら、新しい時代における鉄道の在り方について理解を深める場となることを志向しています。

只見線全線再開への歩み。営業係数49の閑散線区が復旧に至った要因とは

JR東日本福島県は一部区間で不通が続くJR只見線について、10月1日に全線での運行を再開すると発表しました。全国でも屈指の閑散線区といわれる同線が全線復旧に漕ぎ着けるまでには、どのような経緯があったのでしょうか。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、先日運行再開日が正式発表されたJR東日本只見線について、被災から復旧に至るまでの歩みを詳しく振り返り、全国に存在するローカル線の問題に与える示唆も探ります。

JR只見線とその被災についてのあらまし

只見線は、会津若松駅小出駅を結ぶJR東日本の路線です。福島県新潟県を跨いで東西に走り、路線距離は135.2㎞に及びます。沿線地域は只見川や会津盆地など山深い場所が多く、全線が単線・非電化の典型的なローカル線となっています。ただ、その環境故に絶景も多く、日本国内のみならずSNSを通じて海外からも注目を集めています。

路線の全通は1971年。その後自然災害や事故などによる一定期間の運休・バス代行はあったものの、あくまで全線が鉄道として維持されたまま、2011年の全線開通40周年を迎えました。

しかし、全線開通40周年を記念した特別列車が運転された僅か一週間後に試練が襲います。2011年7月30日、新潟・福島両県に襲来した豪雨により、只見川にかかる鉄橋が複数流失。会津坂本駅会津柳津駅間では路盤が流出し、会津坂下駅小出駅間が不通となりました。被災後は被害の比較的軽微な区間から順に復旧されていったものの、最も被害が甚大だった会津川口駅只見駅間の27.6㎞については復旧方針が決まらないまま時間が経過していました。

2016年に入ると、関係者が一堂に会して「福島県JR只見線復興推進会議検討会」が開催され、只見線の復旧方法や利活用促進、只見線を核とした地域振興策等の検討が進められることとなります。次項ではこの検討会の内容を詳しく見ていきます*1

被災後の検討の経緯

第1回・第2回検討会 ーJRはバス転換を希望

福島県と沿線自治体に加え、JR東日本国交省の担当者が集って第1回の検討会が行われたのは2016年の3月(第2回は同年5月)。ここでは只見線にまつわるこれまでの取り組みの共有と、復旧方針の決定に向けた検討が主なテーマでした。

この席上で、地元自治体は早期の全線復旧を求める強い意志を示したものの、JR東日本は利用状況の厳しさなどから「鉄道復旧は困難であり、バス転換が望ましい」という立場を示しました。事実、不通区間会津川口~只見)の利用者数はJR発足以降減少を続け、被災直前までに約4分の1まで減少していたのです。1日1㎞あたりの平均通過人員を示す輸送密度は2010年度で49。同区間の収支状況も5百万円の営業収益に対して営業費がおよそ3億3千万円。つまり、収益の67倍も営業費がかかるという惨憺たる様相を呈していました。

※輸送密度に関しては一面的な扱いに異を唱える向きもあります。詳しくは過去記事もご参照ください

railway-frontline.hatenablog.com

これに対して地元自治体は、復旧費用の地元負担が更に増加したとしても鉄道復旧を目指したいという強い意思を表明し、バス転換のみではなく、鉄道復旧の可能性についても検討するようJRに強く要請しました。結果的にこの熱意にJR側も折れる形となり、当初示す予定のなかった鉄道復旧方策の提案も行うということで合意に至ったのです。

第3回検討会 ー「鉄道復旧なら上下分離」

第3回検討会(同年6月)では、JR東日本から「バス転換」と「鉄道復旧」の両案についての説明がなされました。これは、バス転換の場合、本数は一日6.5往復、停留所は11か所+α、運営費は年間0.53億円で済むのに対し、鉄道復旧の場合本数は一日3往復にとどまり、駅は8つ、復旧費として約85億円がかかるのに加えて運営費も年間2.80億円という、非常に厳しい内容でした。つまり、”バスにするなら費用は少なく済むし本数や停留場を増やす用意もあるが、鉄道復旧を目指すのであれば本数や駅数は少ないままで桁違いの費用がかかってしまう”という意思表示であり、JR東日本としてどちらを薦めているのかは一目瞭然でした。

この中で、すべてをJR東日本が負担しての復旧は困難との考えも改めて示され、JR東日本が運行を継続するための条件として、復旧費の地元負担のみならず、運営費の一部についても地元の負担(=上下分離方式の導入)が必要との考えが示されました。

これだけの情報を見せられれば流石に地元もバス転換を受け入れるかと思いきや、当の地元市町村は「厳しい条件ではあるがクリアしなければならない課題が明らかになったものであり、前向きに受け止める」という驚くほどポジティブな解釈をしていました。

第4回・第5回検討会 ーバスと鉄道の比較

同年の9月と11月に行われた第4回・第5回検討会の議題はバス転換と鉄道復旧の比較検討。

JRからはまず、復旧工事の費用を再積算したところ85億円から108億円に膨れ上がったという報告がありました。しかしその後、第8只見川橋梁について、自治体側における治水対策の強化や安全対策などを前提として現位置での復旧を行うことが決定。これにより、工事費は108億円から当初見積もりを下回る81億円に、工期については約4年から約3年に短縮できる見通しとなり、鉄道復旧への追い風となりました。

また、復旧費の3分の2を地元が負担、さらに上下分離方式により運営費の内、鉄道施設経費を地元が負担、JR東日本の負担は復旧費の3分の1にとどめるという方針が了承されました。

第6回検討会 ー鉄道での復旧方針を全会一致で決定

住民からの意見を吸い上げる住民懇談会の実施後、2016年12月に行われた第6回検討会では、「県と沿線自治体が一丸となって様々な問題を克服し、国やJRの協力を得ながら、上下分離方式により只見線を鉄道で復旧する」との方針を全会一致で決定。全線開通を見据えた只見線利活用プロジェクトチームを立ち上げることとなりました。

第7回検討会 ー示された福島県の覚悟

年が明け、2017年1月に行われた第7回検討会では、上下分離方式における鉄道施設等の保有・管理体制についての検討が主題となりました。

この中で、施設の保有・管理主体として福島県が中心となる方向性が確認されました。また、運営費の負担割合においても「地元負担の軽減を図る視点から、復旧費負担について県が覚悟を持って取り組む」という決意が示され、県が7割、沿線市町村が3割を負担するという方針が承認されました。これには、福島県側の相当な覚悟が垣間見えます。

鉄道復旧に向け着工。復旧後の利活用が正念場

不通区間の復旧工事は2018年6月に開始。工事着手後に判明した事象により工期は半年延びたものの、2022年の10月1日に営業運行を開始できる見込みが立ったと先日発表されたところです。福島県の内堀知事は会見で「地元と連携し只見線を核とした地方創成に挑戦していく」と強調し、財政負担を上回る経済効果の創出を目指して取り組む意欲を示しています*2

ただし、これで只見線の問題がすべて解決したわけではありません。被災前から深刻化している利用者の落ち込みなど、正念場はむしろこれからと言ってもいいでしょう。また、只見線の鉄道復旧そのものに否定的な意見も当然あり、例えば福島県の「平成31年度包括外部監査報告書」には、事実上の生活路線である只見線はバスで代替可能であり、同線が一本に繋がってこそ機能を発揮するという”共同幻想”によって巨額を負担するのは合理的でないという意見が寄せられていました*3

沿線自治体は今後、只見線の利活用に向けた様々な取り組みを進めていくこととしています。地域振興における活用のための観光PRが筆頭ですが、地域間の相互交流、自治体職員の通勤利用促進、学校利用の呼びかけといった地元利用の掘り起こしにも力が入れられています*4。こうした取り組みが実質的かつ継続的な成果をあげられるようしっかりとサポートしていくことがこれからの課題となるのではないでしょうか。

なぜ鉄道復旧が実現したのか?

以上、被災から全線復旧に至る只見線の歩みを見てきましたが、利用の非常に少ない閑散線区の鉄道復旧が実現した要因をここからいくつか挙げてみましょう。もちろん、下記の他にも様々な要因が考えられるでしょう。

  1. 地元に”費用負担の意思を伴う”鉄道復旧への熱意があった
  2. 鉄道事業者が地元の強い意向に対して幾分か妥協した
  3. 復旧費負担や上下分離の内容について事業者と地元が折り合えた
  4. 沿線市町村(基礎自治体)の負担力を超える部分を県(広域自治体)の負担によってカバーする仕組みをつくることができた

只見線の事例は、全国各地のローカル線問題にも示唆を与えるのとなるでしょう。只見線が予定通り全線再開した暁には、皆さまもぜひ一度乗りに出かけてみてはいかがでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年5月20日

Nagatown

*1:福島県 「JR只見線の全線復旧に向けた検討」 https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kentou.html

*2:福島民報 「JR只見線10月1日に全線再開 JR東と福島県が正式発表」 https://nordot.app/899815422035918848?c=648454265403114593

*3:福島県平成31年度包括外部監査報告書 復興事業に係る事務の執行について」 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/388324.pdf

*4:東洋経済オンライン 「豪雨被災から10年、復旧すすむ只見線不通区間https://toyokeizai.net/articles/-/463250?page=4

国のローカル線検討会に招かれた委員たちの経歴や傾向は?【”検討会”を検討する】

利用者の減少に悩む地方ローカル線について、他のモビリティへの転換も含めた抜本的な改革を目指した国の検討会が行われています。検討会には学識経験者を含む6名が「委員」として招かれ、彼らを中心に議論が進められています。ローカル線の行く末を大きく左右しうる委員たちはどのような人物なのでしょうか?

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、国交省が主導するローカル線に関する検討会について、そこに招かれた委員たちに注目して取り上げ、そこから今後の議論の行方を占っていきたいと思います。

画像は事実上廃止が決定した函館本線倶知安駅(筆者撮影)

鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」って?

鉄道は、ヒトやモノを大量かつ高速に輸送できる交通機関として、我が国の交通形態における一定の地位を占めています。しかし、各地のローカル鉄道では、沿線における人口減少や少子化モータリゼーションやコロナ禍などにより利用者が大幅に減少するなど厳しい状況となっているのは周知のとおりです。

国交省としては、こうした路線について「鉄道事業者と沿線地域が危機認識を共有し、改めて大量高速輸送機関としての特性を評価したうえで、相互に協力・協働しながら、利用者にとって利便性と持続性の高い地域公共交通を再構築していくための環境を早急に整えていく必要」があるとしています。このため、国交省は国の関与・支援の在り方も含めた具体的方策を検討するための有識者検討会を2月14日に立ち上げ、夏頃のとりまとめを目指して議論を進めています。

ここでの議論において重視されているのは、「利用者始点に立った地域モビリティの刷新」という視点です。これは、民間企業者である鉄道会社による運営の下で利便性の低下と利用者の逸走という負のスパイラルが起こっている状況に対して、鉄道事業者と沿線地域の協働により、改めて利用者にとっての利便性や持続性を向上させるような地域モビリティを実現するというものです。鉄道に限らず、バス等への転換も視野に入れられている点が特徴で、立ち行かなくなりつつあるローカル鉄道について、バス転換も含めた議論を推進していくものとみられています。

検討会には、後述する6人の委員(有識者)のほか、オブザーバーとして鉄道事業者(民鉄協会・第三セクター鉄道等協議会・本州JR各社)やバス事業者(日本バス協会)、自治体関係団体(全国知事会・市長会・町村会)、国土交通省の各局(総合政策局・道路局・都市局・自動車局・鉄道局)から代表者が参加しています*1

各委員たちについての情報は?

1.竹内 健蔵 委員(座長)

座長を務める竹内氏は交通経済学を専門とする東京女子大学の教授です。一橋大の社会学部を卒業し、同大商学研究科博士課程後期を単位取得満期退学。その後、オックスフォード大大学院の社会学部経済副学部を単位取得満期退学しています。主な研究テーマとしては、「交通混雑」や「公益事業の料金問題」、「社会資本整備の諸問題(費用便益比、投資効果)」などがあります*2

大学の卒業論文のタイトルはずばり「国鉄赤字地方交通線問題小論」。国鉄全線完乗も果たしているといい、鉄道に対する造詣はかなり深いようです。

議事録を見ると、経済学者らしくインセンティブを重視する発言(事業者や自治体の取り組みに対してインセンティブを持たせるべきという主張)が多いのが印象的です。また、”鉄道は環境にやさしい”という論調に対して、少なくともローカル線においては利用者の少なさから環境負荷低減のためのモーダルシフトは理由にならないという点を指摘しています。

2.板谷 和也 委員

板谷氏は都市工学を専門とする流通経済大学の教授です。東京大の工学部、同大学院の新領域創成科学研究科博士課程を卒業しています*3

以前は専門誌「運輸と経済」の編集者をしていた時期があり、幅広くモビリティを取り上げていく中で、短距離の交通を維持するときの論点と長距離の交通を維持するときの論点には相違があると考えるようになったと言います。

輸送密度の低いローカル鉄道に対しては手厳しい論調が目立ちます。同氏が2019年に公共交通マーケティング研究会で行った講演の資料を見ると、沿線自治体が鉄道維持にこだわる理由として「『地域の衰退』につながる」「JRの努力不足」「国の責任」という三つを挙げたうえで、いずれもバスに代替できない理由ではないと喝破。鉄道の存廃は街の盛衰に影響しないし、国に責任を求めるのもお門違いだと、乗らない鉄道の存続を安易に求める沿線自治体の姿勢に鋭い批判を加えています。

もちろん、板谷氏も長距離の移動や定時性で鉄道が勝るような分野では鉄道の利点を認めていますし、利用拡大の見込める路線に対しては集中的に投資することが必要であると主張しています。とはいえ、都市内・都市近郊輸送はバスで代替可能というのが持論のようです。鉄道がバスに優越する要素は必ずしも多くないという観点から、「鉄道でなければダメだというような言葉を使用されるような方々に関しては、路線バス事業者に対して失礼なことをおっしゃっていると私は感じる」というような、やや踏み込んだ発言もしています。

3.加藤 博和 委員

加藤氏は、工学を専門とする名古屋大学の教授です。名古屋大と同大学院の工学部を卒業しています*4

公共交通に限らず「固定観念にとらわれず、新たなパラダイムを切り開き、臆せずに現場に出て、実際の世の中を変えることで閉塞した社会状況を打破する」ということを研究全般におけるミッションにしていると言います。利便性が高く、費用の安い公共共通実現を現場で目指していくために、”地域公共交通プロデューサー”という立場(ほぼボランティア)で様々な地域の鉄道存廃に関わっています。

長野電鉄矢代線など、廃線が決まった路線における地域交通の再編に関わることが多いことから”廃線処理投手”や”鉄道おくりびと”と呼ばれることもある加藤氏ですが、地方鉄道全般に関しては”トリアージ”が必要で、活かせる路線についてはきちんと整備して集中的に投資するべきという考えも持っているようです。

とはいえ、鉄道の維持を求める地域に対しては厳しい視線を向けています。2017年に同氏が行った地域公共交通シンポジウムin札幌における講演資料を見てみましょう。今回の検討会でも述べていますが、同氏がよく使う表現があります。それは「百回の陳情より一回の利用」というもので、50年前のローカル線における利用促進運動で言われていた言葉です。つまり、地域が当事者意識を持って取り組まなければ、外部からの支援で路線が残ったとしても意味はないし、守っていくことはできない、ということです。講演資料においても「地域自ら」という点を強調する記述が目立ちますし、主体的に参画しない地域の姿勢に対しては「アウトオブ論外」と激しく批判しています。また、「2つの『鉄道神話』」、すなわち「1.鉄道廃止代替バスは乗客を大きく減らす、2.鉄道が廃止されると地域が衰退する」という考え方についてもことごとく論破しており、このあたりの論理構成は板谷氏と類似した部分があると言えそうです*5

4.羽藤 英二 委員

羽藤氏は、交通工学を専門とする東京大学の教授です。広島大で工学の修士号を、京都大で工学の博士号を取得しています*6。地域の交通や災害復興について研究をしたり、地域への協力などを行っている専門家です。

今回の検討会では初回は都合により欠席で、第二回からの参加でしたが、席上では「鉄道にこだわらなければもっとバスを充実させて、公共交通をもっと便利にするっていうことも可能な地域もあるんじゃないかなと」「耐災害の信頼性みたいなことを考えたときに、必ずしも鉄道に依存すると言うことよりも…(中略)…バスのネットワークをより充実させていくことで地域のトータルの公共交通力を高めていくというようなことも、地元からある意味期待されている」というような、”マルチモード”の視点を印象付ける発言が多かったように思われます。つまり、鉄道以外のモードへの転換という点についても前向きであると言えるでしょう。

5.宮島 香澄 委員

宮島氏は、日本テレビ報道局の解説委員です。社会部、経済部の記者を経て、現在は経済全般と社会保障などを担当しています。ニュース番組で解説をする傍ら、政府の財政制度審議会や産業構造審議会などで財政政策や成長戦略などに関わってきたそうです。

重視しているのは将来世代に負担を押し付けることは許されないという世代間公平の視点です。日本は全体としてコスト意識が非常に低い国であり、次の世代も含めたコストパフォーマンスを考慮した公共政策の実施が重要であるとしています。

以上のような意見を持っていることから、ローカル鉄道に対しては概してコストパフォーマンスが低く、将来世代にも負担を押し付けてしまう面があることからバス等への転換に前向きな姿勢を示しています。「海外に行くと、意外と鉄道の駅っていうのは街から離れて不便な所にあるから鉄道と関係なく街を発展している…(中略)…次の世代にどういうような移動の仕方をするのかということをしっかり見極めてからじゃないと、なんとなく今いる人、しかもわりと真ん中以上の年齢の人たちの若干ノスタルジーに近いことだけでも進めるのは、やはりいかがなものか(原文ママ)」とも発言しています。

6.森 雅志 委員

森氏は、前富山市長で富山大学客員教授・非常勤講師と日本政策投資銀行特任顧問を務めている人物です。中央大法学部を卒業しています。19年に渡る市長時代には、富山ライトレールの整備などを含めたコンパクトシティ政策を強いリーダーシップをもって主導し、大きな成果を残したことは、都市交通に少し興味を持っている方であればご存じかと思います*7

検討会では他の委員と比べるとあまり発言は多くない印象ですが、富山市での経験を活かし、公共交通の利便性向上と合わせた利用促進策を行う自治体に対する補助制度の在り方や、”シビックプライド(自らが住む都市に対する愛着や誇り)”を喚起していくための公共交通の整備の仕方といった点について多く述べています。

今後の議論はどうなるのか

以上、各委員について取り上げてきましたが、全体を通してローカル鉄道については是々非々という立場をとっていると言えるでしょう。当然ながらローカル線が「すべて必要」と言う人も「まったく必要ない」と言う人もいません。むしろ、板谷氏や羽藤氏にみられるような「見込みのない路線は積極的に他のモードへ切り替えたうえで、見込みのある路線には集中的に投資する」という”トリアージ”の考え方が委員の中では主流のようです。そう考えると、一定の利用者数を下回るような路線についてはこの検討会を機に引導を渡される可能性が高まってくる一方で、事業者のコスト削減施策によりそのポテンシャルを活かしきれていなかった路線の躍進につながる可能性もあると言えるのではないでしょうか。

とはいえ、ローカル鉄道に対する委員の目線は概して非常に厳しいものです。特に効率性の観点や、時代に伴う環境の変化に対応できず、路線維持の大儀を見出せないままノスタルジーなどで残そうとしているといったような批判が目立ちます。しかもそうした見方においてほとんどの委員が一致していますから、鉄道の維持に積極的な自治体の長などが出てきて異を唱えたとしても、よってたかって”袋叩き”にされてしまいそうな状況です。そもそも、委員を選出したのは国交省ですから、国としても安易な鉄道維持を唱える人々を黙らせたいという狙いがあったのかもしれません。

また、特に板谷氏や羽藤氏などの言動からは、これまで鉄道事業者が内部補助によって鉄道を維持する構造を所与のものとして受け入れ、利用促進や交通再編などに向けた取り組みにおいて主体性を欠いてきた地元自治体に対する強い苛立ちも窺えるところです。現在も廃線を警戒して事業者との協議に応じない自治体があります。こうした自治体の姿勢を改めさせるための実効性のある対策が強く求められるかもしれません。

 

予断を許さない状態にある地方ローカル鉄道。国の検討会はその未来をどう描いていくのか、今後とも緊張感を持って注視していきたいと思います。

 

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年5月15日

Nagatown

日光線積み残しと窓口混雑にみる、効率性と有効性のせめぎ合い【鉄道×経営学】

今月上旬、「JR東日本」に関する話題がネット上を賑わせました。同社のコスト削減策により多くの利用者に不便を強いたものとして批判的な意見が多く寄せられましたが、この事例を経営管理の視点から捉えなおしてみるとまた異なった示唆が得られます。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、JR東日本の”炎上”事案を題材として、経営管理における「効率性」と「有効性」の相克についてご紹介していきます。

日光線積み残しと窓口混雑の概要

まずは、今回取り上げる事例の概要をまとめましょう。

一つ目はJR日光線における積み残しの問題。栃木県の地方紙である「下野新聞」がまとめた記事によると、通勤時間帯の鹿沼駅などで日光線の上り電車の一部が「満員電車」となるほど混雑し、乗客から不満が上がっているといいます。同紙が4月15日に取材した際には、午前7時15分発の宇都宮行き電車が満員状態になっていたとのことです*1。また、一部ネットユーザーの投稿では、列車に乗客が乗り切れない”積み残し”が発生するほどまでに至っているという悲痛な声も聞かれています。

日光線の利用者数は近年減少傾向にあり、今回も急に乗客が増えたから混雑したというわけではありません。原因とされるのは、3月のダイヤ改正JR東日本が実施した「減車と減便」です。今回のダイヤ改正日光線の車両は旧型の205系から新型のE131系へと置き換わりましたが、それに合わせて1編成当たりの車両数が4両から3両へと減少しました。また、列車の本数そのものも減り、鹿沼駅で平日7時台に3本あった宇都宮行の本数は2本となってしまいました。こうした施策への不満に対し、JR東日本は「全く乗れないほどではない」と回答するなど、対応に本腰を入れる姿勢を示しませんでした。こうしたことも、ネット上におけるバッシングの激化を招いた一因となったかもしれません。

二つ目が、みどりの窓口における異常な混雑です。この騒動の発端は、3月16日の地震以降、一部不通が続いていた東北新幹線の全線再開時期が発表された時点にさかのぼります。JR東日本は4月14日から東北新幹線の全線での運転を再開するのにあわせ、同13日に東北新幹線の指定席券の販売を開始。しかし、いざ発売が開始されるとえきねっとにアクセスが集中してサーバーがダウンするという事態に発展しました。えきねっとの復旧までの間は指定席券売機みどりの窓口での購入が推奨されましたが、今度は各地のみどりの窓口に利用者が殺到。長蛇の列と長い待ち時間で不便を強いられた利用者たちはその状況をネット上に次々と投稿し、JRの対応に批判が向けられました*2

この窓口混雑の背景にも、JRのコスト削減施策があります。2021年5月には、みどりの窓口の設置駅を2025年までに7割削減すると発表。代わりにえきねっとの拡充やチケットレス化の推進などを行うことでカバーするとしていました。しかし、今回は頼みのえきねっとがダウンしてしまったため、すでに削減を進めていたみどりの窓口の不足が浮き彫りとなったのです。えきねっとの混雑によりみどりの窓口を案内されても、近くの駅のみどりの窓口が既に撤去されてしまっていたという利用者も多く、そうしたことが主要駅のみどりの窓口における混雑激化の一因となったと考えられます。

 

何が問題だったのか?

今回の事案で、JR東日本の”マズかった点”はどこにあったと言えるのでしょうか?

まず前提として、昨今のコロナ禍によるJR東日本の厳しい経営状況に対して一定の理解を示す必要があるでしょう。同社は既に完全民営化して久しく、株主へのアカウンタビリティ(説明責任)の履行が営利企業の義務として求められているのです。従って、需要の減少に応じてJR東日本がコスト削減を行うことはある程度仕方なく、責められないものです。

ただし、そうしたコスト削減が認められるのは、あくまでもその施策によって過度な損害(過度な混雑など)を招かないよう細心の注意を払ったうえでの話です。いくら営利企業と言えども、コロナ禍で”密”が嫌われるこの時期に日光線の事例のような混雑を発生させてしまうのは望ましくありません。また、不満の声を「全く乗れないほどではない」「乗車マナーの向上を」といった台詞で突き放し、本格的な対処に乗り出す姿勢を示さなかったことも、利用者の目には高飛車な態度に映ったことでしょう。こうした対応は少なからず利用者の反感を買うでしょうし、長期的には他の交通への利用者の逸走にもつながり、JR自身の首を絞めてしまいかねません。

また、みどりの窓口の混雑事案についても改善すべき点があったと言えるでしょう。まず、一か月ぶりの東北新幹線全線再開に加えて、GW期を含む5月10日までのきっぷを一度に販売開始してしまったという迂闊さです。これではアクセスが集中するのも当然だったと言わざるを得ません。GW期のきっぷ販売をもう少し後ろ倒しにするか、サーバーの強化を行うといった対応が求められていたのではないでしょうか。加えて、みどりの窓口の大幅削減についても、経営上やむを得ないという状況があるにせよ、例えば利用者数の多い北千住駅などでもみどりの窓口を廃止してしまうというのは些か極端に思えます。JR東日本は、みどりの窓口の削減分はえきねっとや指定席券売機チケットレスなどで補うとしていますが、そうしたシステムを使いこなせない利用者はいまだ一定数存在しますし、今回のようなトラブル発生時の対応能力が脆弱になってしまうという点も見逃せません。こうしたことも、やはり長い目で見れば機会損失(購買機会を逃すことによる利益の逸失)として同社に返ってくると考えられます。

 

「効率性」と「有効性」の狭間で

さて、ここで少しだけ経営学の知見を導入してみましょう。経営学の一分野である経営管理論では、経営管理を「効率的かつ有効に物事を行うプロセス」と定義しています。「効率性」とは、最小のインプット(≒投資)で最大のアウトプット(≒利益)を引き出すということ。「有効性」とは、アウトプットの大きさに着目した尺度です。ここで大切なのは、経営における「効率性」と「有効性」はそれぞれ個別の概念として存在しており、どちらか一方を偏重すれば不健全なマネジメントとなってしまうということです。例えば、「効率性」を追求したオペレーションの徹底が顧客満足度を下げ、顧客の逸走が売上を減少させることで結果的に「有効性」を損なってしまうといったケースが考えられます。

もうお分かりかと思いますが、これを今回のJR東日本の”炎上”事案に当てはめてみると、問題の本質が見えてきます。つまり、JR東日本は減便・減車や窓口廃止などによってコスト削減効果を享受し「効率性」を高めた一方で、その代償として混雑激化やサービス低下、異常時対応能力の脆弱化を招き、結果的に顧客満足度の低下によって「有効性」を悪化させたと言うことができます。

もちろん、過度な混雑や異常時対応などを改善したところでそれに掛かるコストを上回る収益が直ちに得らえれるとは考えにくいですが、今回の事例においてJR東日本は「有効性」よりも「効率性」の思考の方にやや偏りすぎていたのではないでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年4月21日

Nagatown

*1:下野新聞ダイヤ改正で『満員電車』に JR日光線、乗客不満の声 JR「全く乗れないほどではない」」 https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/577869

*2:JCASTトレンド 「東北新幹線『全線再開』の裏で 『えきねっと』『みどりの窓口』激混み」 https://www.j-cast.com/trend/2022/04/14435360.html?p=all

車両の置き場が無い…。留置線計画を巡る横浜・MM線の苦悩【鉄道最新情報】

みなとみらい線(以下、MM線)では、終点の元町・中華街から線路を伸ばし留置線を建設する計画が進められています。建設に対する住民の反発や、会社側が建設を急ぐ理由など、留置線計画を巡る最新事情をお伝えします。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回の【鉄道最新情報】では、みなとみらい線の新たな留置線建設計画について取り上げます。

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MM線の留置線建設計画とは?

MM線は、横浜駅元町・中華街駅間を結ぶ路線で、2004年2月に開業しました。近年発展が著しいみなとみらい地区を走る路線で、輸送人員もコロナ禍直前まで増加を続けて2019年度には単年度の輸送人員が8,000万人を突破しました。始点・終点を含めて6つの駅があり、全線が地下区間となっています。横浜駅以北では東急東横線に直通し、さらにその先の東京メトロ副都心線東武東上線西武池袋線などとの直通列車が乗り入れてくる点も特徴です。

そんなMM線ですが、終点の元町・中華街駅から線路を約600m延伸し、港の見える丘公園の地下に10両編成×4編成が収容可能な車両留置場を整備する計画があります。というのも、現在みなとみらい線の車両は東急電鉄が所有する元住吉検車区内の敷地の一部を間借りして収容しているのですが、この借地契約は一時的なものであるため、代替の車両留置場を整備する必要があるのです。また、この留置線は元町・中華街駅の引上げ線としても利用し、定時運行の確保やダイヤ乱れの早期収束などに活かすことができるとされています*1

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画像はhttps://www.mm21railway.co.jp/info/news/uploads/information_20200410_2.pdfより引用

計画が発表され、最初の説明会が開催されたのは2017年。それから数年間にわたり地元との調整などが行われ、今年3月1日、横浜高速鉄道は「関係機関との調整、現場体制の構築などが整った」として準備工事を開始しました*2

 

一部地権者からの反発

しかし、この建設を巡り周辺住民からの反発が出ていることが話題となっています。神奈川新聞のWebメディアである「カナロコ」が4月4日に投稿した記事によると、周辺住民の一部は「会社の説明が二転三転する中で一方的に工事が始まった」と主張しているといいます*3

曰く、2017年と2018年の説明会では担当者が「地権者が一人でも拒否すれば工事はしない」と説明していたのが、2021年には「これまでの説明は誤りだった」と撤回し、反対意見があっても工事を行う方針に転換。今年2月の説明会においては一方的に工事の再開を通達されたというのです。

さらに、地元住民が懸念しているのは地下トンネル工事に伴う陥没事故です。2016年以降、博多駅前(福岡市営地下鉄七隈線の工事現場)や新横浜駅前(相鉄・東急直通線の工事現場)、東京都調布市(外環道の工事現場)で陥没事故が相次いでいることが念頭にあるとみられます。

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留置線の建設を急ぐ事情

一方、横浜高速鉄道の側にも事情があります。

そもそも、みなとみらい線横浜駅から元町を経て、根岸・上大岡・二俣川などを経由して中山で横浜市営地下鉄グリーンラインと接続する「横浜環状鉄道」の一部として計画されていました。横浜~元町・中華街間をみなとみらい線として建設する際、同区間では開発地区や既成市街地が多く車両留置場の整備が困難であったことから、将来の根岸方面への延伸時に車両留置場を整備することが適当と判断され、それまでは東急の車両基地を間借りして対応することとなったのです。

しかし、延伸事業は着手されることなく時間が経過。東急の車両基地を間借りする契約は当初2019年1月を期限としていましたが、代替の車両留置場の検討が遅々として進まず、横浜高速鉄道は東急に対して契約の延長を申し入れることに。東急は5年の延長には応じてくれたものの、東急としても相鉄・東急直通線開業に伴う車両の増備などで余裕がなく、一刻も早い敷地の返還を求めています。こうした中で横浜高速鉄道は留置線の建設を急がなければならない状況に立たされているのです。

 

別の方法はないのか?

今年2月の説明会では、地元住民から出た意見・提案に対する回答も用意されました。その中に、「港の見える丘公園の地下に留置線を建設する以外の方法で解決することはできないのか?」というものがあります*4

まず、東急の車両基地の借地契約を延長するか、他の直通先(東武鉄道西武鉄道など)の車両基地を新たに借りることはできないのか、という意見ですが、東急については前述の通り継続的な契約は困難、その他の直通先についても、協議の結果借地は困難であるうえ、遠隔地に拠点を置くことになれば現在の運行を維持できないとの理由で不可能と結論。

次に、みなとみらい線の終端部ではなく、駅間に留置線を整備することはできないのかという指摘。ここでは、①新高島駅みなとみらい駅間、②みなとみらい駅馬車道駅間から分岐、③馬車道駅日本大通り駅間、④日本大通り駅元町・中華街駅から分岐、といった案が検討されています。しかしながら、いずれも列車運行を継続しながら工事を行うことが難しいことや、沿線の建物を解体する必要があること、留置線に必要な分岐器(シーサスクロッシング)の設置場所が限られていることなどから、建設は不可能いう結論に至りました。

また、元町・中華街駅から先で、港の見える丘公園ではなく、本牧山頂公園や元町公園、外国人墓地といった他の公共用地の地下に建設するという案については、駅から距離があることから事業用地が大きくなり、地域への影響も大きくなるため現実的ではないと判断。そのほか駅から直進する案などもありましたが、最終的に地権者数と地域への影響を最小化できるのは港の見える丘公園の地下であるとされています。

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これらの資料を見る限り、やはり当初計画に基づき進めるのが最も適切であるのではないかと感じられます。しかしこのまま工事を進めるにしても前途には困難も待ち受けているであろうことは前述の通りです。

 

一部地権者との間で平行線が続く中、準備工事が開始されたMM線の留置線計画。その着地点はどのようなものとなるのでしょうか。なるべく多くの人が納得する形で決着してほしいものです。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年4月4日

Nagatown

東急線で今日から開始、”実質再エネ100%”のカラクリとは?【鉄道×環境】【鉄道最新情報】

東急電鉄は本日4月1日から、東急線全路線での運行にかかる電力を再生可能エネルギー由来の実質CO2排出ゼロの電力に置き換えました。近頃は同業他社でも類似した取り組みが行われていますが、そこにはどんなカラクリがあるのでしょうか?

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画像は東急東横線の5050系(綱島駅・筆者撮影)

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、昨今の脱炭素の機運の高まりを受け鉄道業界で流行している”実質再エネ100%”電力の使用について、その仕組みを明らかにしていきます。

東急以外でも相次ぐ”実質再エネ電力”の導入

冒頭でも述べた通り、東急電鉄では本日4月1日から、全路線での運行にかかる電力を、再生可能エネルギー由来の電力に置き換えています。これは、同社が作成した環境ビジョン2030に基き、脱炭素・循環型社会実現への象徴的アクションの一つとして行うもので、長期目標に掲げる2050年のカーボンニュートラル実現に向けた大きな前進であるとされています*1

こうした取り組みは近年、鉄道業界全体で流行しています。以下の画像に示すように、小田急東武、西武、京急JR九州など、多くの大手鉄道事業者が何らかの形で実質再エネ電力の導入を行っているのです。背景には、昨今の環境問題に対する世界的な意識の高まりや、企業に社会貢献を求める姿勢の広がり(SDGsやESG投資)などがあります。時代の要請に対応することで自社のイメージアップを図る狙いもあるでしょう。

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「非化石証書」とは何か?

さて、”実質再エネ”の電力で列車が走る仕組みとはどのようなものなのでしょうか?また、CO2排出量の削減自体はかねてより呼びかけられていたことですが、近年になって急速に”実質再エネ”の導入が増えてきたということも不思議です。本来であれば、再エネの導入には相応のコストや時間がかかるものであるからです。実は、そこには企業が手軽に”実質再エネ”を導入できる新たな制度がありました。それこそが「非化石証書」なのです。

「非化石証書」とは、再生可能エネルギー(非化石燃料由来)で発電された電力から、”環境にやさしい再生可能エネルギーで発電した”という価値(=環境価値)を切り離し、証書にしたものです。この証書は発電された電気自体とは別に市場で取引され、それを購入すると環境価値を手に入れることができる仕組みになっています。国の制度として、2018年度から始まりました。

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つまり、非化石証書を購入すると、実際に再生可能エネルギー由来の電気を使用しているかどうかとは関係なく「(実質的に)再生可能エネルギー由来の電気を使用している」と主張することができるようになります(”実質的に”の部分がミソです)。鉄道各社が用いているのはこの仕組みなのです。

実際に、各社が発表した”実質再エネ”導入のプレスリリースを見てみると、どのプレスにも非化石証書について記載した図が添えられています。また、いずれの図においても「電気の流れ」と「環境価値の流れ」が別々に描かれており、再生可能エネルギー由来の電気そのものではなく、環境価値のみを購入していることが示されています。このように、非化石証書は各鉄道会社の”実質再エネ”導入において不可欠な役割を果たしています。

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”実質再エネ”の仕組みに欺瞞はないのか

ここまで来て、どうも納得のいかない思いをされている方もいらっしゃるのではないかと思います。実際、筆者自身も最初にこの仕組みを知った時はどこか狐につままれたような感じがしたことを覚えています。

事実、この仕組みが本当に「環境にやさしい」と言えるのか、という点については議論があります。これを検討するためにはまず「環境にやさしい」の定義を決めることが必要となりますが、ここではさしあたり「CO2排出量を従来よりも減らせること」としておきます。

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非化石証書の取引について、「再エネ政策普及研究会」が指摘している問題点は次の通りです。まず、「再エネの環境価値が取引されても、それはいったん買い取られた再エネ価値の再販市場であるため、証書取引による再エネ拡大効果がない」という点。また、「証書購入は自らリスクを負って再エネ電力を取得するより安価であることから、実質的な再エネ拡大のインセンティブを挫くモラルハザードにつながる」という点も大きな問題であるとしています*2

加えて、非化石証書を購入することにより、どのような発電方法の電気であったとしても実質的に再生可能エネルギーの電気を共有していると”みなす”ことが可能となりますが、それはあくまでも他の誰かが発電した再生可能エネルギーの電気の環境価値を買い取ったということに過ぎず、社会全体で見れば再生可能エネルギーによる発電量は少しも増加しませんし、CO2の排出量についてもまったく減ることはありません。こうした点では、国家間におけるCO2の排出量取引とも似た側面があるように思います。

いずれにせよ、これでは先ほど定義した「CO2排出量を従来よりも減らせること」という定義には合致しませんので、非化石証書による実質再エネ導入は必ずしも「環境にやさしい」と言うことはできないという結論に至ります。

もちろん、鉄道会社の努力を全面的に否定するわけではありません。実質であろうと何であろうと、再エネ由来の電気を導入するためにわざわざ追加のコストをかけて努力していることに変わりはありませんし、「鉄道会社が再エネ導入」というニュースが出回ることによって、同業他社や他業種における環境対策を間接的に促進する効果もあると思います。ただ、この取り組みだけではあまり実質的な効果が望めないという指摘をご紹介したまでです。

 

今後、非化石証書のこうした側面が広く問題視されるようになることがあれば、鉄道各社は証書の買取によって自社内のみでCO2排出を削減するようなやり方ではなく、社会全体で見て本当にCO2の削減につながるような新たな方策を検討する必要に迫られることになるかもしれません。

というよりも、もともと鉄道は輸送機関においては最も環境にやさしくCO2排出量に至っては実に自家用車の7分の1であるということを考えると、自家用車から鉄道への乗り換え、すなわちモーダルシフトを推進したほうがCO2削減の面では大きな効果が見込めるような気もします。

日本を含む多くの先進国がカーボンニュートラル実現の目標に据える2050年には、鉄道会社はどのような形で環境問題に取り組んでいるのでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年4月1日

Nagatown

*1:東急電鉄 「日本初 鉄軌道全路線を再生可能エネルギー由来の電力100%にて運行」 https://www.tokyu.co.jp/image/news/pdf/20220328-2.pdf

*2:国際環境経済研究所 「新たな非化石価値取引制度:再エネ価値取引市場の問題点」 https://ieei.or.jp/2021/08/special201512017/

東京メトロ延伸の”NPV”は2,441億円…ってどういうこと?【鉄道×経営学】

3月28日、東京メトロが申請していた有楽町線南北線の延伸事業が国交省により正式に許可されました。この事業が有する非常に高い社会経済的有益性を示す指標の一つが表題にもある”NPV”です。延伸事業の効果を、NPVを用いて読み解いてみましょう。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

シリーズ【鉄道×経営学】の初回は、開業に向けて始動した東京メトロ延伸計画について、経営学(特にファイナンス)において用いられるNPVという指標を用いて解説していきます。

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写真は有楽町線などで活躍する17000系(新丸子駅・筆者撮影)

事業許可を受けて動き出す延伸事業

3月28日、東京メトロはかねてより申請していた有楽町線延伸(豊洲~住吉間)と南北線延伸(白金高輪~品川間)の第一種鉄道事業許可を受けたと発表しました。

この二つの路線の延伸計画は、以前から東京都や沿線の区などが整備を強く求めていたものです。東京メトロは当初「副都心線が最後の新線建設」としていましたが、国と東京都が半分ずつ所有する同社株式の売却に向けた検討過程において、この二路線について「整備を行うことが適当」との文言が答申書に盛り込まれました。これは、株式売却を早期に進めたい国と、要望の強い新線建設に対する影響力を保ちたい都との間の利害調整を狙ったものとみられています。このことをきっかけに東京メトロは従来の方針を転換して新線の建設を行うこととなり、ここ数年で事業化に向けた動きが大きく加速していました。

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有楽町の延伸区間では途中に三つの新駅が整備されます。そのうちの一つは東西線と乗り換えできる東陽町駅で、ここに有楽町線が乗り入れることによって東西線の混雑率を約20%低減させることができると見込まれています。
また、両線において10分程度の所要時間の短縮、及び地域間のアクセス向上といった整備効果が期待できるとされています*1

 

NPV=Net Present Valueとは?

さて、本記事のテーマであるNPVについてここでご説明しましょう。

NPVとは、Net Present Value(=正味現在価値/純現在価値)の略で、ごく簡単に言えば、「ある事業が投資額と比較してどれだけの価値を持っているのか」ということを表します。

計算式は以下の画像に示していますが、算出過程の概要を説明しましょう。

まず、ある事業を行った場合に、その後の一定期間(数十年)に得られるであろう営業利益の増加額を試算します。この時、営業利益の増加額はその事業を継続するのにかかる費用を差し引いた後のものであることに注意が必要です。つまり、事業を行う中で「純粋に会社(出資者)の懐に入る分」のことを”営業利益の増加額”と呼んでいます。

次に、その”営業利益の増加額”を現在価値に換算します。現在価値とは、将来に受け取れる価値が、現在受け取れるとしたらどれだけの価値を持つのかということを表します。例えば、「1年後に受け取れる105万円」を現在受け取ろうとした場合、借入によってお金を得ることができますが、利率が存在するため、105万円ちょうどを現在受け取ることはできません。利率が5%であれば現在受け取れるのは利率の分を割り引いた100万円ですから、「1年後に受け取れる105万円の現在価値は100万円」となります。NPVの算出においては、利率に加えてリスクなども加味した割引率を用いて割り引くという操作を行います。

最後に、現在価値に換算した”営業利益の増加分”から投資額を引きます。投資額は事業を始めるためにかかる金額であり、これを差し引くことによって「”収入”ー”費用”」を現在価値ベースで表すことができます。

すなわち、NPVが0以上であれば、最終的に会社(ひいてはその会社の出資者)が得をするため、その事業を行うべきであるという判断になります。このようにして事業の実施可否を判断する方法を”NPV法”といいます。

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東京メトロ延伸のNPVが2,411億円。つまり?

NPVの概要を理解したところで、今回の延伸事業のNPVを見てみましょう。

国土交通省が2019年にまとめた「東京圏における国際競争力強化に資する
鉄道ネットワークに関する調査」では、今回着手される事業について需要予測などともにNPVの試算が行われています。

それによると、有楽町線延伸のNPVは1,581億円南北線延伸のNPVは860億円で、双方を合わせると2,441億円となるといいます(いずれも社会経済条件が上位条件となるケースで、30年間の評価)*2

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画像は南北線に乗り入れる埼玉高速鉄道の2000系(武蔵小杉駅・筆者撮影)

さて、これはどういうことを意味するのでしょうか。NPV算出の仕組みと合わせて考えていきましょう。つまり、「延伸事業を行った場合、開業後30年間で東京メトロが得る営業利益の増加額を現在価値に直し、そこから初期投資(≒建設費)を差し引いても2,441億円が残る」ということになります。NPV法ではNPVが0より大きければ実施すべきとなりますから、東京メトロの延伸事業はNPVの観点からは当然行うべき事業であると言えるでしょう。それどころか、将来30年間で現在価値ベースで2,000億円以上の利益が東京メトロにもたらされるのですから、非常にうまみのある投資です。もし同社の株主が上場されていれば間違いなく株価は大きく上昇していたでしょう。

 

東京メトロの延伸事業の完成を楽しみに待ちたいですね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。 またお会いしましょう。

 

2022年3月30日

Nagatown

*1:東京メトロ有楽町線延伸(豊洲・住吉間)及び南北線延伸(白金高輪・品川間)の鉄道事業許可を受けました」 https://www.tokyometro.jp/news/images_h/metroNews220328_2.pdf

*2:国土交通省 「東京圏における国際競争力強化に資する鉄道ネットワークに関する調査」 https://www.mlit.go.jp/common/001287257.pdf

”警備強化のための値上げ”は方便なのか?京成スカイライナー料金改定【鉄道最新情報】

京成電鉄は、京成上野駅と成田空港を結ぶスカイライナーの全列車に警備員を添乗させるのに合わせ、スカイライナー料金を30円~50円程度値上げすると発表しました。値上げの理由は本当に警備強化だけなのでしょうか…?

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。今回の【鉄道最新情報】では、京成スカイライナーの料金改定に関する考察をお届けします。

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写真は現在スカイライナーとして走るAE形(青砥駅、筆者撮影)

料金改定の概要とその”理由”

3月25日に京成電鉄が発表したところによると、2022年4月25日(月)より、スカイライナーをはじめとした同社の有料特急の全列車に警備員が乗車するということです。また、これに伴い特急料金を改定。大人料金で30円~50円程度の値上げとなります。また、スカイライナーに乗車できる各種企画乗車券も同程度値上げされます。

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近年、国際的なテロの脅威が高まる中、国内においても鉄道施設内での傷害事件が相次いでいるなど、鉄道のセキュリティ向上に向けた対策は急務となっています。同社はこれまでも警察と連携した巡回強化や防犯カメラの増設、各種訓練の実施などに取り組んできましたが、今回、その対策を更に強化する形です。

京成電鉄は「今後も、お客様の安全・安心を第一に事業運営を行ってまいります」としています*1

 

コロナ禍による乗客減との関係は…?

さて、ここで少しだけ”深堀り”してみましょう。各種の警備強化は他の鉄道会社でも行われていますが、それらの会社では値上げは実施されていません。そうなると京成スカイライナーに特有の”他の理由”を探りたくなってしまうというものです。

まず、スカイライナーと言えばすぐに思い当たるのが、コロナ禍による利用者の減少です。インバウンドの消滅を始めとした航空業界の苦境と連動して空港特急であるスカイライナーも厳しい状況に追い込まれています。また、2020年の東京オリンピックに向けて車両の増備といった拡大投資を行いましたが、それも今となっては裏目に出ている状態です。

スカイライナーをはじめとした有料特急の輸送人員は2019年度から2020年度にかけて8割以上減という壊滅的な状況に。2021年度には増加したものの、2019年度比では23.9%と非常に少なくなっている状況に変わりはありません*2。影響は長期化するとみられます。

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千住大橋駅、筆者撮影)データはhttps://www.keisei.co.jp/keisei/ir/financial/monthly.htmlより

こうした苦しい環境に対応するための値上げ、という側面も一定程度あるのではないでしょうか。あくまで推測、憶測にすぎませんが、こうした意見にも一つの考え方としては説得力があると思います。

 

警備員の人件費は実際どのくらいかかる?

もちろん、警備員を新たに雇うことによってコストが増加することは間違いありません。問題は、値上げの幅がそのコスト上昇分に見合っているのかどうか、という点になるでしょう。

警備員の人件費は条件などによって様々ありますが、平日昼なら1人1日8時間で12,000円から15,000円くらいと言われています*3。折り返しのスカイライナーに乗り継いでいくとして、1列車に1人であれば6人から7人必要です。スカイライナーは一日に16時間ほど動いていますから、8時間のシフト×2で一日に14人必要となります。1月を30日とすると15,000×14×30=630,000円となります。非常に荒い試算ではありますが、1月に630,000円の人件費が新たに発生することになります。

 

差し引いても増収効果はかなりある?

では、値上げによる増収分はどの程度見込めるのでしょうか?2021年度の1月の有料特急輸送人員は147,000人。特急料金の値上げは30円から50円ですが、30円の値上げ幅となるのは青砥発着の場合などで、スカイライナーの利用者数に占める割合はそれほど多くないでしょう。ただし、値上げ幅が30円となるモーニングライナーイブニングライナーの利用者もかなり多いです。そこで、均して乗客1人当たり40円の増収となると考えてみます。そうすると、147,000×40=6,615,000円となります。ごく単純に考えても6,615,000円の増収が見込めると考えられます。

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もちろん、これはかなり多くの不確かな”仮定”を置いて算出したものであり、かなりの誤差が見込まれます。しかしながら、数百万円単位の増収効果が出るという結果自体は費用が多少(数万円~数十万円)増えたとしても大きくは変わりません。

というわけで、本記事における一応の結論としては、「値上げは警備強化のための費用をカバーするが、純粋な増収効果もそこそこ見込めると思われる」ということにしておきましょう。

 

京成スカイライナーが再び多くの乗客で賑わう日が一日でも早く訪れることを願ってやみません。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう!

 

2022年3月26日

Nagatown