Railway Frontline

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日光線積み残しと窓口混雑にみる、効率性と有効性のせめぎ合い【鉄道×経営学】

今月上旬、「JR東日本」に関する話題がネット上を賑わせました。同社のコスト削減策により多くの利用者に不便を強いたものとして批判的な意見が多く寄せられましたが、この事例を経営管理の視点から捉えなおしてみるとまた異なった示唆が得られます。

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回は、JR東日本の”炎上”事案を題材として、経営管理における「効率性」と「有効性」の相克についてご紹介していきます。

日光線積み残しと窓口混雑の概要

まずは、今回取り上げる事例の概要をまとめましょう。

一つ目はJR日光線における積み残しの問題。栃木県の地方紙である「下野新聞」がまとめた記事によると、通勤時間帯の鹿沼駅などで日光線の上り電車の一部が「満員電車」となるほど混雑し、乗客から不満が上がっているといいます。同紙が4月15日に取材した際には、午前7時15分発の宇都宮行き電車が満員状態になっていたとのことです*1。また、一部ネットユーザーの投稿では、列車に乗客が乗り切れない”積み残し”が発生するほどまでに至っているという悲痛な声も聞かれています。

日光線の利用者数は近年減少傾向にあり、今回も急に乗客が増えたから混雑したというわけではありません。原因とされるのは、3月のダイヤ改正JR東日本が実施した「減車と減便」です。今回のダイヤ改正日光線の車両は旧型の205系から新型のE131系へと置き換わりましたが、それに合わせて1編成当たりの車両数が4両から3両へと減少しました。また、列車の本数そのものも減り、鹿沼駅で平日7時台に3本あった宇都宮行の本数は2本となってしまいました。こうした施策への不満に対し、JR東日本は「全く乗れないほどではない」と回答するなど、対応に本腰を入れる姿勢を示しませんでした。こうしたことも、ネット上におけるバッシングの激化を招いた一因となったかもしれません。

二つ目が、みどりの窓口における異常な混雑です。この騒動の発端は、3月16日の地震以降、一部不通が続いていた東北新幹線の全線再開時期が発表された時点にさかのぼります。JR東日本は4月14日から東北新幹線の全線での運転を再開するのにあわせ、同13日に東北新幹線の指定席券の販売を開始。しかし、いざ発売が開始されるとえきねっとにアクセスが集中してサーバーがダウンするという事態に発展しました。えきねっとの復旧までの間は指定席券売機みどりの窓口での購入が推奨されましたが、今度は各地のみどりの窓口に利用者が殺到。長蛇の列と長い待ち時間で不便を強いられた利用者たちはその状況をネット上に次々と投稿し、JRの対応に批判が向けられました*2

この窓口混雑の背景にも、JRのコスト削減施策があります。2021年5月には、みどりの窓口の設置駅を2025年までに7割削減すると発表。代わりにえきねっとの拡充やチケットレス化の推進などを行うことでカバーするとしていました。しかし、今回は頼みのえきねっとがダウンしてしまったため、すでに削減を進めていたみどりの窓口の不足が浮き彫りとなったのです。えきねっとの混雑によりみどりの窓口を案内されても、近くの駅のみどりの窓口が既に撤去されてしまっていたという利用者も多く、そうしたことが主要駅のみどりの窓口における混雑激化の一因となったと考えられます。

 

何が問題だったのか?

今回の事案で、JR東日本の”マズかった点”はどこにあったと言えるのでしょうか?

まず前提として、昨今のコロナ禍によるJR東日本の厳しい経営状況に対して一定の理解を示す必要があるでしょう。同社は既に完全民営化して久しく、株主へのアカウンタビリティ(説明責任)の履行が営利企業の義務として求められているのです。従って、需要の減少に応じてJR東日本がコスト削減を行うことはある程度仕方なく、責められないものです。

ただし、そうしたコスト削減が認められるのは、あくまでもその施策によって過度な損害(過度な混雑など)を招かないよう細心の注意を払ったうえでの話です。いくら営利企業と言えども、コロナ禍で”密”が嫌われるこの時期に日光線の事例のような混雑を発生させてしまうのは望ましくありません。また、不満の声を「全く乗れないほどではない」「乗車マナーの向上を」といった台詞で突き放し、本格的な対処に乗り出す姿勢を示さなかったことも、利用者の目には高飛車な態度に映ったことでしょう。こうした対応は少なからず利用者の反感を買うでしょうし、長期的には他の交通への利用者の逸走にもつながり、JR自身の首を絞めてしまいかねません。

また、みどりの窓口の混雑事案についても改善すべき点があったと言えるでしょう。まず、一か月ぶりの東北新幹線全線再開に加えて、GW期を含む5月10日までのきっぷを一度に販売開始してしまったという迂闊さです。これではアクセスが集中するのも当然だったと言わざるを得ません。GW期のきっぷ販売をもう少し後ろ倒しにするか、サーバーの強化を行うといった対応が求められていたのではないでしょうか。加えて、みどりの窓口の大幅削減についても、経営上やむを得ないという状況があるにせよ、例えば利用者数の多い北千住駅などでもみどりの窓口を廃止してしまうというのは些か極端に思えます。JR東日本は、みどりの窓口の削減分はえきねっとや指定席券売機チケットレスなどで補うとしていますが、そうしたシステムを使いこなせない利用者はいまだ一定数存在しますし、今回のようなトラブル発生時の対応能力が脆弱になってしまうという点も見逃せません。こうしたことも、やはり長い目で見れば機会損失(購買機会を逃すことによる利益の逸失)として同社に返ってくると考えられます。

 

「効率性」と「有効性」の狭間で

さて、ここで少しだけ経営学の知見を導入してみましょう。経営学の一分野である経営管理論では、経営管理を「効率的かつ有効に物事を行うプロセス」と定義しています。「効率性」とは、最小のインプット(≒投資)で最大のアウトプット(≒利益)を引き出すということ。「有効性」とは、アウトプットの大きさに着目した尺度です。ここで大切なのは、経営における「効率性」と「有効性」はそれぞれ個別の概念として存在しており、どちらか一方を偏重すれば不健全なマネジメントとなってしまうということです。例えば、「効率性」を追求したオペレーションの徹底が顧客満足度を下げ、顧客の逸走が売上を減少させることで結果的に「有効性」を損なってしまうといったケースが考えられます。

もうお分かりかと思いますが、これを今回のJR東日本の”炎上”事案に当てはめてみると、問題の本質が見えてきます。つまり、JR東日本は減便・減車や窓口廃止などによってコスト削減効果を享受し「効率性」を高めた一方で、その代償として混雑激化やサービス低下、異常時対応能力の脆弱化を招き、結果的に顧客満足度の低下によって「有効性」を悪化させたと言うことができます。

もちろん、過度な混雑や異常時対応などを改善したところでそれに掛かるコストを上回る収益が直ちに得らえれるとは考えにくいですが、今回の事例においてJR東日本は「有効性」よりも「効率性」の思考の方にやや偏りすぎていたのではないでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年4月21日

Nagatown

*1:下野新聞ダイヤ改正で『満員電車』に JR日光線、乗客不満の声 JR「全く乗れないほどではない」」 https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/577869

*2:JCASTトレンド 「東北新幹線『全線再開』の裏で 『えきねっと』『みどりの窓口』激混み」 https://www.j-cast.com/trend/2022/04/14435360.html?p=all