Railway Frontline

鉄道にまつわる最新の情報やデータを収集・分析しながら、新しい時代における鉄道の在り方について理解を深める場となることを志向しています。

肥薩線「鉄道復旧前提」で議論。県・国も財政支援に本腰か。22日の検討会議で【鉄道最新情報】

豪雨災害で被災し運休中の肥薩線について、JRと県、国の三者で協議する検討会議の第1回が開かれ、”鉄道での復旧を前提に”議論を進めることが確認されました。

肥薩線についてはこちらの記事もご参照ください

railway-frontline.hatenablog.com

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回の【鉄道最新情報】は、当サイトでも数日前にお伝えしたJR九州肥薩線についての続報となります。

f:id:RailwayFrontline:20220323104218p:plain

画像はhttps://www3.nhk.or.jp/lnews/kumamoto/20220322/5000015069.htmlより引用

初回からまさかの”鉄道前提” 地元も国も本気度高く

3月22日、「第1回JR肥薩線検討会議」が熊本県庁で行われました。これは、2020年7月の豪雨で甚大な被害を受けて八代~吉松間で不通が続いているJR肥薩線の復旧方法や復旧後の在り方などについて検討する会議で、JR九州熊本県国土交通省から担当者が出席しています。

この会議は非公開で行われたものの、終了後に報道各社が関係者への取材などを通してその内容を伝えています。

JR側は復旧費の概算(200億円余とみられる)を呈示し「過去に経験したことのない金額」と表現。年間約9億円の赤字を抱える肥薩線の復旧は「経営判断事項」として、復旧に対して慎重な姿勢を引き続き表明しました。また、「持続可能な運行に向けた整理」も求め、鉄道で復旧するのであれば復旧後にも財政的な支援が必要であるとの認識を示しました*1

これに対して熊本県は従来通り全線鉄道での早期復旧を強く要望。一方で「持続可能な運行の確保に関しても議論を進めたい」として、県と沿線市町村、JR九州による協議会を別に設け、そこで復旧後の財政支援などについて検討するという考えを示しました*2

国土交通省は、数日前の記事:肥薩線復旧に230億円。JRは自力復旧断念も、財源捻出に秘策あり?でも触れた通り、肥薩線復旧工事の一部を国の災害復旧事業と連携して行うことでJR九州の負担を削減する「事業間連携」という枠組みを採用する考えを正式に伝えました。また、復旧費の2分の1を国と自治体が負担する改正鉄軌道整備法についても、適用可能との考えを示し、現行制度上で実現できる最大限の支援を行う方針を示しました。

f:id:RailwayFrontline:20220323113227p:plain

筆者はこの検討会議について、「2~3回は鉄道復旧案とバス代替案などの比較を通して論点整理を行うだろう」と考えていました。しかし、実際に蓋を開けてみると第1回会議からまさかの”鉄道復旧前提で議論”ということに。JR九州が鉄道での復旧を認めるかどうかは依然不透明な部分があるものの、熊本県国交省も各種の財政支援をかなり本腰で検討していることを勘案すると、鉄路復旧の可能性は格段に高まったと言えるでしょう。これはひとえに、県と国が復旧に必要な財政支援を本気で打ち出していることによるものでしょう。

今後、会議は1,2か月に1回のペースで行われ、議論が深められる見通しです*3

 

”災害復旧費で復旧費用肩代わり”に見る国交省の意思

国交省が示した「事業間連携」というのは、肥薩線の復旧に関わる一部の工事を、災害復旧事業(税金が投入される公共事業)として行うもので、橋梁建設や路盤整備などに掛かる費用の一部を実質的に国が負担するというものです。

以前より、国がこの枠組みを検討しているということは報道されていましたが、今回の検討会議で国交省が正式に俎上に上げたことで、国もできるだけの財政支援をしながら鉄道復旧を目指すという明確な意向が明らかになりました。国交省の田口課長は「国も積極的に関与する形で、事業間連携でカバーできる部分も相当大きいんじゃないか」と述べており、”国からの支援”が肥薩線復旧に向けた大きな推進力となっていきそうです。

 

沿線を地盤とする”大物”も復旧願う集会に駆け付け

この検討会から遡ること2日。肥薩線の早期復旧を願うアピール集会が人吉市で開催されました。集会は沿線の3県16市町村でつくる「肥薩線利用促進・魅力発信協議会」が代表発起人、地元商工会や住民団体など計58団体が発起人となり、沿線自治体の首長や住民など350人が参加しました。人吉市長や熊本県知事も招いた大規模なもので*4、これだけでも沿線地域の肥薩線に掛ける期待の大きさが伝わってきますが、ここにはもう一人、ある”大物”が駆け付けていました。

金子 恭之(かねこ やすし)氏。岸田内閣において総務大臣を務める現役閣僚です。金子氏は集会の席上、肥薩線について「一度の災害で、廃線になるという事はあってはならない。いかにJR九州の負担を減らしていくか」と述べ、肥薩線の復旧を支援する立場を明確にしました*5。実は、金子氏の選挙区は熊本県第4区であり、人吉市をはじめとした肥薩線の沿線自治体が含まれているのです。また、過去には国土交通副大臣の経験もあるなど、国土交通行政にもゆかりのある人物です*6

勿論、この情報のみをもって「肥薩線は金子氏の政治力によって復旧されるのだ」などと言うことはできませんし、そんなことを軽はずみに言うべきでもありません。ただ、いろいろな意味で興味深い動きであることは確かです。

 

「九州一の赤字路線を巨額を掛けて復旧するのは厳しいのではないか」という傍からの心配をよそに、あくまで鉄道復旧に向けて邁進していく肥薩線。この先にどのような展開が待っているのか、引き続き注視していきたいと思います。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月23日

Nagatown

*1:読売新聞 「肥薩線 復旧前提に議論」 https://www.yomiuri.co.jp/local/kyushu/news/20220323-OYTNT50019/

*2:毎日新聞熊本県『持続可能な運行確保を』 肥薩線復旧検討会議初会合」 https://mainichi.jp/articles/20220322/k00/00m/040/285000c

*3: 「JR肥薩線『鉄道での復旧』前提に議論 国、県、JRが初会合」 https://kumanichi.com/articles/595817

*4:読売新聞 「肥薩線の復旧訴える 人吉で集会 市町『必ず実現』」 https://www.yomiuri.co.jp/local/kumamoto/news/20220321-OYTNT50086/

*5:熊本放送 「JR肥薩線復旧に向けた検討会 赤字路線の復旧は可能か 国が示した案とは」 https://news.yahoo.co.jp/articles/9a228b74403b212b90e304513eca271f42ee32d5

*6:首相官邸 「金子 恭之」 https://www.kantei.go.jp/jp/100_kishida/meibo/daijin/kaneko_yasushi.html

全線再開は4月20日前後に。東北新幹線、明日から一部運転再開も【鉄道最新情報】

16日の地震から一部区間の不通が続く東北新幹線について、JR東日本は先ほど、全線の運転再開は来月20日前後になる見通しであると発表しました。一方で明日から運転が再開される区間もあります。

f:id:RailwayFrontline:20220321154756p:plain

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回の【鉄道最新情報】は、東北新幹線の運転再開予定について速報でお伝えします。

 

段階的に再開し、全線再開は4月20日前後

16日夜に発生した地震により、東北新幹線下り「やまびこ223号」が福島~白石蔵王間で脱線。施設にも被害が出ているということは以前お伝えした通りです。

※事故に関して詳しくお伝えした記事はこちら

railway-frontline.hatenablog.com

この脱線事故により、東北新幹線は現在、那須塩原~盛岡間で運転を見合わせています。復旧の見通しについては、当該列車17両編成のうち16両が脱線しており撤去に時間がかかること、高架橋や架線柱にも一部被害が出ていることなどから「今年度中の全線運転再開は難しい」との見通しが示されていました。

そして、先ほどJR東日本が発表したところによると、

①明日(3/22)より那須塩原~郡山間及び一関~盛岡間で運転を再開

②4月2日ごろに郡山~福島間で運転を再開

③4月4日ごろに仙台~一関間で運転を再開

④全線での運転再開は来月(4月)20日前後を目指す

とのことで、段階的に運転を再開し、最終的な全線再開は来月20日前後を目指すとしています*1

 

全線再開までは東北新幹線は臨時ダイヤでの運転となり、在来線でも旅客救済のための臨時列車が運行されるなどしています。また、鉄道のみならず、高速バスや国内線でも東北新幹線の運転見合わせに対応した運行計画が実施されているといいます。運輸業界を支える方々のご尽力に、改めて感謝の意と尊敬の念を表さずにはいられません。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月21日

Nagatown

*1:乗りものニュース編集部 「東北新幹線 あす一部区間で運転再開 4月20日ごろに全線運転再開目指す」 https://trafficnews.jp/post/116829

肥薩線復旧に230億円。JRは自力復旧断念も、財源捻出に秘策あり?【鉄道最新情報】

令和2年熊本豪雨で被災し運休中の肥薩線について、JR九州が復旧費用を約230億円と試算したと報じられています。JRと県、国の担当者が話し合う検討会も立ち上がり、今後の動きが注目されます。

(読了目安:約5分)

f:id:RailwayFrontline:20220320141524p:plain

画像はhttps://www.jrkyushu.co.jp/より引用、一部改変

皆様こんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回の【鉄道最新情報】は、2年前から不通が続くJR九州肥薩線を巡る直近の動向についてお伝えします。

肥薩線被災の概要

f:id:RailwayFrontline:20220319152505p:plain

肥薩線は、熊本県八代駅から鹿児島県の隼人駅を結ぶ全長124.2㎞の路線です。全線開通は1909年で、当時は九州を縦貫する唯一の鉄道ルートを構成していました。その後、海岸沿いを走る鹿児島本線(現:肥薩おれんじ鉄道)に九州縦貫鉄道の役割は引き継がれ、肥薩線は主に地域輸送を担う路線となりました*1

2020年7月に発生した「令和二年七月豪雨」では、線状降水帯が引き起こした豪雨によって一級河川球磨川が氾濫。八代~人吉間で球磨川と並走する肥薩線にも甚大な被害が及びました。球磨川を渡る2本の橋梁は完全に流出し、線路への土砂流入等も合わせて約450か所で被害が確認されました。また、復旧に当たっては橋梁のかさ上げなど、球磨川の治水計画との連携が必要だったため、復旧費の試算に時間を要していました。

熊本県を始めとした地元自治体は全線鉄道での復旧を一貫して求めていますが、JRは巨額となる復旧費用や肥薩線自体の採算性の低さなどから他の交通への転換も示唆しています*2。事実、被災前の肥薩線は同社の路線の中で最も輸送密度が低い(八代~人吉:414、人吉~吉松:106)ことで知られていました*3

※輸送密度について詳しくはこちら

railway-frontline.hatenablog.com

そんな中、今月17日にはJR九州が復旧費用を約230億円と試算したことが一部で報道され、同22日にJRと県、国を交えた「第1回JR肥薩線検討会議」が開催されることも発表されました*4

 

JRと沿線自治体、それぞれの主張は?

JR九州の青柳社長は、肥薩線は現在では人流・物流の両面で社会からの期待が低くなっており、鉄道で復旧するとしても5~10年の工期が掛かること、その間にも車の自動運転が進むことなどから、「次の時代の地域交通網のあり方を考える必要がある」と述べています。「あり方の検討」というのは、ありていに言えば他の交通機関への転換(=鉄道廃止)を視野に入れるということです。また、地元の観光業界から寄せられている観光列車(「SL人吉」や「いさぶろう・しんぺい」など)の復活への期待については、「観光列車のために線路を造るのは高すぎる投資」と一蹴しています。2016年に株式上場を果たしたJR九州では、収益確保に対する株主の目が厳しくなっており、かねてより赤字路線の見直しについて言及してきたという経緯があります。また、コロナ禍で元々黒字であった事業においても経営が苦しくなっている中で、輸送需要が小さく、慢性的な赤字となっている肥薩線の復旧に後ろ向きになるのも無理はありません。

一方で、沿線自治体を代表する立場である熊本県の蒲島知事は、「鉄道での復旧をわれわれも流域市町村も望んでいる」「豪雨で大きな被害を受けた後、JR九州に対して機会があるたびに鉄道路線として復旧して欲しいと伝えてきた」として、一貫して全線鉄道での復旧を望む立場を鮮明にしています。熊本県としては、観光や通勤、通学で利用される肥薩線を人吉・球磨地域が存続していくための重要な基盤と位置付けているようです。また、蒲島知事は「JR九州の負担の最小化を図れれば、(熊本地震で被災した)豊肥線と同様に復旧できるのではないか」と強調しています。ただし、熊本地震時の復旧費は総額約90億円で、肥薩線の復旧にかかる約230億円という額とは文字通り桁違いです。

f:id:RailwayFrontline:20220320133840p:plain

まとめると、JRと熊本県の間では肥薩線の鉄道復旧に関して真っ向から意見が対立しているものの、熊本県側にはJR九州が要望している復旧・維持費用の支援を行う意向があります。この点において、両者が納得できるような妥協点に達することができれば、鉄道での復旧に道が開けるかもしれません。

 

新たに立ち上がる「肥薩線検討会」とは何か?

3月17日に国交省が発表した資料によると、「肥薩線について、河川や道路などの公共事業との連携の可能性も含めた復旧方法及び復旧後の肥薩線の在り方などについて検討するため」、第1回JR肥薩線検討会議を熊本県庁にて3月22日に開催するということです。会議には熊本県副知事と国交省の大臣官房技術審議官、九州地方整備局長、九州運輸局長に加え、JR九州の総合企画本部長も出席します。

JR・県・国の三者が揃う場となるこの協議会において、今後の具体的な復旧方法や支援策などについての議論が行われるとみられます。鉄道での復旧を行うか否かについての最終的な意思決定もこの協議会において行われることになるでしょう。

筆者はこれまで、この種の協議会や検討会の成り行きを複数見守ってきましたが、パターンとしてはまず関係各所からの意見聴取、論点の整理などを行ったうえで本格的な議論に入っていくまで数か月かかるのではないかと見ています。

 

復旧費用の財源捻出に向けた秘策とは?

肥薩線検討会議において今後最大の論点になると考えられるのが、230億円に上る復旧費用の負担方法です。JR九州の青柳社長は、被害の甚大な区間では一から線路を造るような大工事になることから、同社単独負担での復旧と運行維持を断念しています*5

費用負担に関しては、前述したとおり熊本県が国の制度などを活用した支援に前向きな姿勢を示しています。しかしながら、今回はあまりにも巨額となるため、過去の災害復旧でも用いられてきた改正鉄軌道整備法(復旧費の2分の1を国と地元自治体が負担)を利用してもJRの負担は100億円を超えてしまいます。これではJR側は納得しないでしょう。

f:id:RailwayFrontline:20220320160920p:plain

そこで国交省と県が検討しているのが、「肥薩線を河川や道路と一体で復旧し、鉄道復旧費用の一部を公共事業で賄うことでJR九州の費用負担を圧縮する」という方法です。豪雨災害を受け、被災地域では様々な災害復旧事業が行われており、そこには潤沢な財源(≒税金)が投入されています。肥薩線の復旧をそれらの事業と一体化して行えば、線路や鉄橋の工事の一部を災害復旧の公共事業として担い、それに掛かる費用にも災害復旧の財源を用いることができるというわけです。具体的には、球磨川沿いを並行する国道と線路の一体的な路盤整備(道路の路盤を整備するついでに鉄道用の路盤も整備してもらう)などを視野に入れているといいます*6。多少荒業な印象も否めませんが、道路や河川の財源の一部を鉄道に融通すること自体は、ことの善し悪しは別として、前例がないわけではありません。実際、国交省が公表した肥薩線検討会議の資料で言及されている「河川や道路などの公共事業との連携の可能性」というのも、このことを指していると考えられます。

この方法と改正鉄軌道整備法を併用すれば、JR九州の実質的な負担額は100億円を下回ります。また、復旧後に見込まれる赤字(2019年度の営業赤字は約9億円)について、熊本県は新たな補助制度の創設も検討しているといいます。こうした歩み寄りに対して、JR九州がどのような反応を示すのか注目されます。

採算性・効率性の面からは存続に疑問符が付くものの、地域の観光振興など、社会的便益の面で地元から大きな期待がかかるJR肥薩線。新たな財政支援の枠組みによって豪雨被害から立ち直ることはできるのでしょうか。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月20日

Nagatown

*1:肥薩線利用促進・魅力発信協議会 「肥薩線とは」http://hisatsusen.com/smp/hisatsuline/

*2:内田 (2022)「肥薩線『鉄道での復旧望む』 蒲島知事、JRの負担軽減を検討」  https://kumanichi.com/articles/516611

*3:JR九州 (2021) 「線区別ご利用状況(2020年度)」https://www.jrkyushu.co.jp/company/info/data/senkubetsu.html

*4:国土交通省 (2022) 「『第1回JR肥薩線検討会議』の開催について」https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001470371.pdf

*5:毎日新聞 (2020) 「九州豪雨 肥薩線、JR自力復旧断念」https://mainichi.jp/articles/20200924/ddp/001/040/002000c

*6:内田、福山 (2022) 「肥薩線の復旧費230億円 JR九州試算 熊本地震被害を大きく上回る」 https://kumanichi.com/articles/590247

「営業係数」とは何者か?高いと赤字?【鉄道用語解説】

路線の収益性を表す指標として好んで用いられることが多い「営業係数」。その見方は非常に分かりやすく便利ですが、その”中身”について吟味したことはあるでしょうか?

(※読了目安:約4分)

皆さまこんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

シリーズ【鉄道用語解説】第3回は、いわゆる赤字路線についての報道などでよく取り上げられる指標である営業係数を解説します。

f:id:RailwayFrontline:20220318143101p:plain

営業係数の例。(左:海芝浦駅、右:新函館北斗駅、画像はいずれも筆者撮影)営業係数の値はhttps://toyokeizai.net/articles/-/193269より引用

営業係数って?

現在、我が国の鉄道の多くは民間の営利企業、つまり利益追求を第一義的な目標とする組織によって運営されています(株式未上場のJRや第三セクター等 例外はあり)。従って、運営している路線の収益性を明らかにすることが重要となってきます。そのために用いられる指標が「営業係数」なのです。

営業係数は、以下の式で求められます。

営業係数=(支出÷収入)×100

支出を分子、支出を分母に持ってきた形で、そこに100を掛けています。そのため、営業係数は以下のように、「100より大きいと赤字・100で収支均衡・100より小さいと黒字」という具合に収支関係を簡潔に示してくれます。よく使われる「100円稼ぐためにかかる費用」という表現が最も分かりやすいと思います。

f:id:RailwayFrontline:20220318164853p:plain

営業係数は収入に占める支出の割合であるため、個々の路線の支出・収入の金額の大きさに関わらず比較をすることができ、その面でも非常に使い勝手の良い指標と言えるでしょう。

 

営業係数の”中身”

ここで、営業係数の式に含まれる「支出」と「収入」について少し深堀してみましょう。

まず、「支出」はその路線を運行するのに必要となる資金の流出分のことです。具体的には、線路や駅などの維持費や乗務員の人件費、列車の走行に用いるための電力料金・燃料費などがこれにあたります。

そして、「収入」はその路線を運行することで得られる資金の流入分で、運賃収入や特急料金などがこれにあたります。

ただし、注意が必要なのは、これらの支出や収入は、必ずしも個々の路線に対応して算出されているとは限らないということです。例えば、二つ以上の路線が乗り入れる駅の維持費はどの路線の支出となるのか不明です。また、複数路線を跨いで乗車した旅客から支払われた運賃収入はどの路線の収入となるのかわかりません。他にも、鉄道会社の本社で勤務する社員の支払給料や広告費など、路線ごとではなく会社全体として算出されている費用や収入が存在しているのです。

こうした場合によく取られる方法が、「全社共通の支出や収入を、営業キロや輸送人キロを用いて各路線に配分する」というものです(原価会計ではこの作業を”配賦”と呼んでいます)。例えば、運賃収入を配分する際には、輸送の規模を表す輸送人キロに基づくのが妥当といえます(輸送の規模と運賃収入の大きさは一般に比例すると考えられるため)。

f:id:RailwayFrontline:20220319110130p:plain

輸送人キロについて解説した過去の記事はこちら↓

railway-frontline.hatenablog.com

 

赤字路線を営業係数で語る際の注意点

営業係数が鉄道会社から公式に発表されることは多くありません(JR北海道などは公表しています)。ただ最近では、「○○線の営業係数はこんなに大きい!」というデータも広く出回っています。これらの多くは、鉄道ジャーナリストの梅原 淳氏が国交省の統計年報をもとに算出されたものを典拠としています。ここでは前項で述べたような支出・収入の配分も行われ、精度の高い試算となっています。筆者自身も、同氏の精緻な分析には毎度脱帽しています。

toyokeizai.net

このようにして営業係数という概念が広く知れ渡ったことにより路線の収益性についての理解が深まった一方で、これらの値を用いた議論には誤解も見られます。

営業係数は、「小さいほど収益性が高く、大きいほど収益性が悪い」という示唆を与えてくれます。しかしながら、これは「黒字や赤字の絶対的な額」を意味するものではありません。営業係数が非常に大きくても、赤字額は小さいということも十分ありえるのです。それを無視して、営業係数の大きい路線を殊更に悪玉扱いすることには異論もあります。

「100円稼ぐのに何千円もかかっている」というのは非常にキャッチ―な謳い文句ではありますが、実際の運営にどれだけの金額が掛かるのかということを伝えるには不十分です。また、前回の輸送密度の記事でも述べた通り、収益性や効率性のほかにある鉄道の価値を、こうした数値の与える印象が覆い隠してしまうのもいささか問題があるといえるでしょう。

 

まとめ

以上が営業係数についての解説になります。最後にポイントをおさらいしておきましょう。

  • 営業係数は、路線の収益性を、収入に占める支出の割合として示す指標である
  • 営業係数=(支出÷収入)×100」で求められる
  • 営業係数は100を超えると支出超過(赤字)、100で収支均衡、100を下回ると収入超過(黒字)となる
  • 共通の支出や収入は営業キロや輸送人キロなどで配分
  • 数字から受ける印象のみに頼った議論とならないよう注意が必要

 

練習問題

理解度確認のための練習問題を掲載しておきますので、知識定着にご活用ください。

問1. A鉄道では、a線とb線を運営している。2020年度のA鉄道の運賃収入は800,000円であった。これを輸送人キロを用いて各路線に配分せよ。なお、a線の輸送人キロは60,000、b線の輸送人キロは40,000であった。

問2. 2020年度におけるA鉄道a線の支出合計は340,000円、b線の支出合計は330,000円であった。問1で求めた路線ごとの運賃収入を各路線の支出合計として、各路線の営業係数を求めよ。小数点以下は四捨五入すること。

 

前回の練習問題の模範解答

問1. 50,495,190÷20.5(㎞)÷366(日)=6,730(人/日)

(※2019年度には2020年2月29日が含まれるため、366日で割る。)

問2. イ、エ

(ア:正しい。/イ:営業キロが長いほど輸送密度は低くなる。/ウ:正しい。/エ:線区の区切り方によって輸送密度は大きく変わることがある。)

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月19日

Nagatown

JR西日本、岡山DCに合わせ津山線に新観光列車「SAKU美SAKU楽(さくびさくら)」投入【鉄道最新情報】

2022年夏に開催が予定されている岡山デスティネーションキャンペーン(以下、岡山DC)に合わせて登場する「SAKU美SAKU楽」。特徴的な名前の新観光列車に込められたJR西日本の観光列車戦略とは。

皆様こんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

今回お伝えする【鉄道最新情報】はJR西日本の新たな観光列車、その名も「SAKU美SAKU楽」。JR西日本はこの列車を使ってどのように岡山DCを盛り上げようとしているのでしょうか。

f:id:RailwayFrontline:20220317193428p:plain

画像はhttps://www.westjr.co.jp/press/article/items/220317_06_sakubisakura.pdfより引用

「SAKU美SAKU楽」の基本情報

JR西日本は、2022年7月1日から津山線で新たな観光列車「SAKU美SAKU楽(読み:さくびさくら)」の運行を開始すると発表しました。2022年夏に開催予定の岡山DCに合わせ、岡山県北エリアに向けて運行します。

車両は、可愛らしいピンク色に染まったキハ40系気動車の一両編成。「温泉・おもてなしがもたらす癒しや、岡山県北エリアに名所として点在する桜をイメージした『淡いピンク色』の車体に、風に運ばれた四季折々の花びらをデザイン」したとのこと。列車種別は、全車普通指定席の快速列車となります。

今回発表された運行スケジュールは2022年7月~9月までのもの(10月以降の運行予定は後日発表)。毎週金曜~日曜の各日は臨時列車として、毎週月曜日は定期列車と併結する形で、JR西日本津山線の岡山~津山間を一日に二往復します。

 

特徴的なネーミングの訳とは?

ピンク色の車両デザインもさることながら、目を引くのはおよそ初見では正確に読むことができそうもない列車名。実は、一般公募をもとに決まった名前なのです。

約1か月間行われた公募では、Twitterと郵送で全国から542件(応募者数は291名)の応募がありました。その中で最も多かったのは美作や津山といった地名に関する列車名。その次に、美・桜・湯・花に関する列車名が多く寄せられました。最終的にこの中から事務局が選定し、「列車名に込められた思いが新たな観光列車のコンセプトにふさわしいこと」「車体カラーである淡いピンク色に似合い愛着ある表現である」といった理由から、「SAKU美SAKU楽」に決定したということです。

なお、「SAKU」という言葉には、①美しさ・楽しさを「作」る②笑顔・花が「咲く」③その地の美しさを探し求める「索」という3つの意味が込められています。

 

どんな旅ができる?列車内でのおもてなしは?

さて、「SAKU美SAKU楽」ではどんな旅ができるのでしょうか。空想の中で少し旅行をしてみましょう。

金曜日から日曜日に乗車する場合、岡山を出発する最初の列車は10時50分発です。岡山駅を発車し、山陽本線と別れると線路はすぐに緑豊かな山の中に入っていきます。旭川と並行して右に左にカーブを繰り返しながら大自然の中に分け入っていく乗車体験はとても気持ちがよさそうです。

車内に目を転じると、岡山県北エリアの山や森の自然をイメージしたという緑色のボックスシートと茶色の床が落ち着きを演出しています。車内アテンダントが届けてくれる特製弁当は、ホテルグランヴィア岡山の監修で、豊富な食材で岡山の伝統を感じられる「岡山ばら寿司」。地元の味覚に舌鼓を打てば、列車は程なく岡山と津山の中間に位置する福渡駅に到着します。

f:id:RailwayFrontline:20220317211823p:plain

画像はhttps://www.westjr.co.jp/press/article/items/220317_06_sakubisakura.pdfより引用

福渡駅では、地元のこだわり商品の詰め合わせが用意されています。「建部ヨーグルト」の”のむフルーツヨーグルト”や「ケーキハウスキシモト」の”サクッ咲くたけべクッキー”など、地元ならではのお土産がうれしいおもてなしです。

終点の津山には12時22分着。津山から先は三方面に延びる路線に乗り換えてさらに先を目指すもよし、鉄道好きなら駅近くの「津山まなびの鉄道館」で鉄道の歴史に触れるもよし。旅はまだまだここからです―。

 

JR西日本が描く観光列車戦略

JR西日本は近年、瀬戸内を走る「etSETOra(えとせとら)」や広島・山口エリアを走る「○○のはなし」、島根・鳥取エリアを走る「あめつち」といった観光列車を相次いで登場させています。これらの列車はいずれもキハ40系気動車の改造車を利用し、新造車両と比較してイニシャルコストを抑えているほか、特定の列車を特定の路線に対応させるのではなくエリアごとのイメージを反映させた列車とすることで、観光地のシーズンなどに合わせた柔軟な運用を可能にしています。今回登場する「SAKU美SAKU楽」もこの類型に含まれると考えられます。すなわち、岡山DCの終了後には同エリア内の他路線での運用も視野に入れているのではないかと推測できます。

また、運行ダイヤの設定にも少し戦略的な要素を感じます。津山駅に到着した列車は、30分~40分ですぐに岡山駅へと折り返していってしまいます。ここには、岡山北エリアの玄関口の役割を果たすターミナルである津山駅からさらに先を目指して旅を続けてほしいという思いが込められているのではないでしょうか。観光列車で津山を訪れた人たちが、さらにその先の路線を乗り継いでいくという流れができることによって、同エリアの隅々にまで観光需要による経済効果が及び、ひいては経営状態の苦しい地方路線の持続性向上にもつながることを期待したいところです。

奇しくも本日、3月17日は政府の蔓延防止等重点措置の全面解除が決定し、経済立て直しへの転換点といえる日となりました。コロナ禍の先に待つ観光需要の復活を見据え、JR西日本にとっての夏は既に始まっています。

「SAKU美SAKU楽」が津山線の沿線に新鮮で華やかな風を運んでくる日を楽しみに待ちたいですね。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう!

 

2022年3月17日

Nagatown

やまびこ223号の脱線について現時点で利用可能なデータを用いて考察(※不確定要素を含む)【鉄道×防災】【緊急特集】

16日夜の地震で脱線した東北新幹線「やまびこ223号」。事故現場はどのような状況だったのか、これまでの地震対策は効力を発揮したのか。現時点で明らかな情報をもとに可能な限り考察します。

※本記事は、2022年3月17日14時時点で入手可能な情報をもとにしており、これらの情報は今後変更が加えられる可能性があります。また、本記事の執筆にあたっては確実な情報を用いるよう留意しておりますが、記事の性質上、現時点で不確定な情報が含まれうることを何卒ご了承ください。

 

今回の地震で亡くなられた方のご冥福と、けがをされた方の一日も早い回復を心よりお祈り申し上げます。また、この地震によって不安な思いをされている方や、精神的なストレスを抱えられている方の心が少しでも早く安らぐようお祈り申し上げます。

 

今回の地震脱線事故の概要

3月16日午後11時36分に発生した福島県沖を震源とするマグニチュード7.4(暫定値)の地震では、宮城県登米市蔵王町福島県の相馬市、南相馬市及び国見町で最大深度6強を観測したほか、東日本を中心とした広い範囲が強い揺れに見舞われ、各所で被害が発生しています。

この地震により、東北新幹線の福島~白石蔵王間を走行中だった東京発仙台行きの「やまびこ223号」が脱線したと発表されています。この列車の乗客75名にけが人は確認されていないということです*1

また、事故現場の状況が報道ヘリからの写真などによって少しずつ明らかになってきています。17両編成の列車のうち1両を除く16両が脱線し、一部は線路から大きくはみ出たり傾いたりしており、高架橋や架線柱といった設備にも損傷が確認されるなど大きな被害が発生しているとみられます。運行への影響も長期に渡りそうです。

www3.nhk.or.jp

 

やまびこ223号とは

f:id:RailwayFrontline:20220317141902p:plain

やまびこ223号は、東京を21:44に出発し、上野・大宮・宇都宮・新白川・郡山・福島・白石蔵王に停車しながら終点の仙台には23:46に到着する東北新幹線の列車です。E5系(またはH5系:事故当該列車はH5系)とE6系を連結した17両編成で運転されています。また、東京から那須塩原以北へ向かう最終列車でもあります。

時刻表を見ると、地震が発生した22:36には白石蔵王~仙台間を走行していたはずですが、実際には福島~白石蔵王間で列車は脱線しています。このことから、事故当時列車は少なくとも4分以上遅れていたと考えられます。最終列車やそれに近い時刻の列車では、乗り遅れそうな人を待ったりして多少の遅延が発生することは珍しくありません。

 

事故発生地点は

やまびこ223号は、白石蔵王駅から約2㎞の地点で脱線しました*2。事故現場の写真などから大まかに特定した事故発生地点がこちらになります。

f:id:RailwayFrontline:20220317145350p:plain

画像は Google Earth より引用、一部改変

高架上の開けた直線区間で、線路脇には変電設備と思われる設備があります。現場の住所は宮城県白石市で、同市における今回の地震の観測震度は5強でした。最大震度を観測した地点ではないということは少なからず意外に思われます。また、事故発生地点が白石蔵王駅から約2㎞と近いことから、列車は同駅に停車するため既に減速していた可能性が高く、減速が間に合わなかったというパターンとはまた異なるように思われます。

 

地震は何秒で事故現場に到達したのか

f:id:RailwayFrontline:20220317152006p:plain

画像は jSTAT MAP より引用、一部改変

事故現場の震央距離は約91㎞と分かりました。また、今回の地震震源の深さは57㎞と推定されています。ここからごく簡単な三平方の計算で震源距離を算出すると、約107㎞となります。また、S波(主要動)の速度を4.0km/sと仮定すると、事故発生地点へのS波到達時間は約27秒後と試算されます。これは、新潟県中越地震上越新幹線が脱線した際のS波到達時間である6.4秒よりは長く*3、多少の時間の猶予はあったと考えられるものの、緊急地震速報を受けて完全に停止するには難しい時間であったと推測されます。

 

これまでの地震対策は効果を発揮したのか

新幹線は1964年の開業以降、幾度か大きな地震に見舞われています。例えば、1995年の阪神淡路大震災では山陽新幹線の高架橋が大きな被害を受けましたが、地震発生が始発列車の直前であったため人的被害はありませんでした。また、2004年の新潟県中越地震では走行中の上越新幹線が脱線。レールが転倒するなどして車両が大きく逸脱しましたが、対向列車がなかったことなど不幸中の幸いもあり、死者は0人でした。このほか、11年前の東日本大震災東北新幹線の試運転列車が脱線したり、熊本地震九州新幹線が脱線するといった事故がありましたが、いずれも列車がレールから大きく逸脱するようなことはなく、比較的軽微な被害にとどめることができたと言われています。

新幹線には、これまで大きな地震で被害を受ける度に地震対策を見直し、強化してきた歴史があります。その成果として、P波(初期微動)を検知した直後に送電を停止してS波(主要動)の到達前に列車を停車ないし減速させるシステム(「ユレダス」や「テラス」などと呼ばれます)や、大きな揺れで脱線した場合でも車両がレールから大きく逸脱することを防ぐ「L型車両ガイド」(「逸脱防止ガイド」とも。JR東日本以外では異なる構造のものもあるが原理は同じ)、レールそのものが転倒することを防止する「レール転倒防止装置」などが導入されています。また、それに加えて高架橋や架線柱などの耐震補強も順次行われ、地震対策には万全を期してきました*4

しかし、今回の地震ではその対策の効果がフルに発揮されたとは言い難いでしょう。勿論、ユレダスによって列車はしっかりと減速していました。当該車両にはL型車両ガイドが、また当該区間の線路にはレール転倒防止装置が設置されていました。それでも実際には、列車はかなり大きく脱線してしまっています。これはL型車両ガイドが正常に動作していれば考えられないような脱線の仕方です。

また、気になる点はまだあります。当該列車の乗客の証言によれば、ジャンプするような揺れだとか、投げ出されるような揺れを感じたといいます。しかし、前述したように事故現場の震度は5強。低速で走行している列車がそこまでの揺れにさらされるほどの震度でしょうか。また、報道ヘリからの映像では、事故現場の高架橋が一部で激しく損傷し、大きなひび割れや鉄骨の露出がみられています。

これらの要素から推測されること(不確実性高め)として、今のところは「高架橋の耐震強度不足」ということが一つの可能性として挙げられると思います。耐震補強が行われた高架橋では銅板や鋼板、コンクリートなどが巻かれていることが一般的ですが、写真を見た限りではそうした跡は見受けられなかったように思われます。当該区間の高架橋が補強工事の対象であったかどうかはまだ発表されていませんが、もし仮にそこに問題があったとすれば、今後近いうちに情報が明らかになることでしょう。もちろん筆者のこの推測が大外れする可能性もありますが。

いずれにせよ、今回の脱線事故で死傷者が発生しなかったのは不幸中の幸いというほかありません。これまで絶えず改良が続けられてきた新幹線の地震対策に、さらなる見直しが加えられる契機となることでしょう。

 

最後に

当サイトは、鉄道の未来について考えることを主なテーマとしていますが、”鉄道が安全であること”はその大前提であると認識しています。今後とも、不断の努力によって輸送の安全と安心が確保されていくことを願ってやみません。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

またお会いしましょう。

 

2022年3月17日

Nagatown

最近よく聞く「輸送密度」とは?低いと廃線になる?【鉄道用語解説】

ローカル線に関する報道などでよく話題に上る「輸送密度」。どうやって算出されていて、どんな特性を持った指標であるかご存じでしょうか?

(読了目安:約7分)

皆様こんにちは。「Railway Frontline」運営者のNagatownです。

シリーズ【鉄道用語解説】の第2回は、路線ごとの輸送効率を把握する際に重要な輸送密度について解説します。

f:id:RailwayFrontline:20220316111359p:plain

輸送密度は線区によって大きく異なる。(左:苫小牧駅、右:西日暮里駅・いずれも筆者撮影)輸送密度の値は2020年度のもの

輸送密度って?

鉄道の特徴として真っ先に挙げられるのが、沢山の人を一度に運べるということ、つまり「大量輸送」です。鉄道がエネルギー効率がよいとか環境にやさしいと言われる所以は、主にこの大量輸送という特性にあります。

ここで問題になるのが、定性的に効率がいいと言っても、実際のところどのくらい効率よく輸送しているのか?ということ。これを定量的な指標により示すのが、今回ご紹介する「輸送密度」なのです。

輸送密度は、以下の式で求められます。

 輸送密度=年間輸送人キロ÷営業キロ÷365日

輸送密度というのは、つまるところ「1日1キロあたりの平均乗車数」です(このことから「輸送断面」と呼ばれることもあります)。「1日あたり」とすることで平日や休日など日によって異なる輸送量のばらつきをならし、「1キロあたり」とすることで駅間ごとの輸送量のばらつきをならすとともに、営業キロの異なる路線間での比較を可能にしています。

式を見ればわかる通り、輸送密度は年間輸送人キロの増加関数であるとともに、営業キロの減少関数となります。換言すれば、年間輸送人キロ(ここでは大雑把に利用者数と捉えても可)が増えれば輸送密度は上がり、営業キロ(路線の長さ)が長くなれば輸送密度は下がります。”密度”ですから、区間が長くなるとその分薄まるというイメージです。

※簡単化のため「365日」と表記していますが、閏年にはもちろん「366日」で割ることになります。

※上の式で用いられている「輸送人キロ」については、前回記事で解説していますのでそちらをご参照ください。

railway-frontline.hatenablog.com

 

近頃話題の輸送密度

近年、人口減少やモータリゼーション、コロナ禍などの影響を受け、地方のローカル線における利用者の減少が深刻となっていることは周知のとおりです。こうした流れの中で、利用の少ない路線の存廃について検討がなされる機会が増えていますが、そこで輸送密度が基準としてよく取り上げられています。

f:id:RailwayFrontline:20220316185506p:plain

JR北海道(2016)より引用

厳しい経営環境に苦しむJR北海道は、2016年11月18日に「当社単独で維持することが困難な線区について」と題した資料を公表しました。この中では、同社の保有する路線を主に輸送密度の観点から分類しており、例えば輸送密度200人未満の路線(所謂”赤線区”)は「バス等への転換について地域の皆様と相談を開始」、輸送密度200人以上2,000人未満の路線(所謂”黄線区”)では「鉄道を維持する仕組みについて地域の皆様と相談を開始。そのうえで、輸送サービスとして鉄道を維持すべきかどうか検討」するとしています*1

また、コロナ禍で鉄道の利用者が急減する中、JR西日本の長谷川社長は2021年暮れのインタビューで「(輸送密度が)2,000人以下のところは大量輸送機関である鉄道の特性を生かせず、非効率だ。非効率な仕組みを民間企業として続けていくことが、現実的に難しくなっていると発言し、輸送密度を一つの尺度として存廃議論を加速させる構えを鮮明にしました。輸送密度が2,000人以下の路線は同社の在来線全体の3割超に上ります*2

さらに、遡れば国鉄時代末期にも、赤字ローカル線の整理において輸送密度を基準として廃止路線が選定されたという歴史があります。ここでは、輸送密度が4,000人未満の路線が「特定地方交通線」として指定され、バスに転換することが適当と判断されました。

前述したように、輸送密度とは輸送の効率性を示す指標です。従って、これが低いほど効率が悪いということになります。そうであれば、その値が一定の基準を下回った路線においては、もはや大量輸送を得意とする鉄道で運ぶ必要性は薄いと言えるのではないでしょうか。これが、輸送密度を基に鉄道の存廃を決めようとする立場をとる人々の主張であり、十分な説得力のあるものです。

 

輸送密度の功罪

輸送密度は、鉄道がどれくらい効率よく人を運んでいるのかということを具体的、平均的に、かつ線区間の比較が容易となるようにに表現してくれています。これにより、冒頭の画像で示したような大都市の通勤路線と地方ローカル線の直接的な比較も可能となるのです。そうした意味では非常に便利で優秀な指標ですし、これからも引き続き様々な場面で活用されていくことでしょう。

f:id:RailwayFrontline:20220316213631p:plain

JR東日本 (2021) をもとに一部改変

一方で、利用にあたっては注意すべき点もあります。特に、「線区の分割の仕方によって大きく数値が変動しうる」という特性はかなり厄介です。JR東日本内房線(2018年度のデータ)を例に考えてみましょう。内房線は、千葉県の蘇我駅から安房鴨川駅の間を結ぶ路線で、全線を通しての輸送密度は20,483人です。しかし、線区を更に区切ると様相は一変します。東京に近く通勤通学需要も多い蘇我~君津間は57,566とより高い数値を記録している一方、人口減やアクアラインの開通などで利用の減少が著しい君津~館山間は3,921人と大きく下がります。館山~安房鴨川間に至っては1,621人にまで落ち込んでいます*3。つまり、線区の区切り方によって利用の少ない区間を目立たせたり、逆に利用の多い区間を見えにくくしたりすることができてしまうのです。これは、意識的にも無意識的にも行われうることです。

加えて、輸送密度が便利だからといってそれに頼りすぎるのも考え物です。輸送密度が低い路線でも、鉄道が全く役に立たないとは限らないからです。ここでは詳細には立ち入りませんが、費用便益分析などの手法を用いて鉄道の価値を再評価したうえで存続を決断した地域もあります。そのようなプロセスを経て存続した路線の中には、輸送密度が4,000人を下回るところはもちろん、2,000人や1,000人を下回るところもあるのです。輸送密度は鉄道の大量輸送という側面から見た限定的な”効率性”にのみ注目した指標であるため、それだけで鉄道の必要性について結論を出すことはできない、という意見もまた存在するというわけです。

 

まとめ

以上が輸送密度についての解説となります。最後にポイントをおさらいしておきましょう。

  • 輸送密度は、輸送の効率性を、1日1キロあたりの平均乗車数として表現した指標である。
  • 輸送密度=年間輸送人キロ÷営業キロ÷365日閏年は366日)」で求められる
  • 国鉄は輸送密度4,000人、JR西日本は2,000人を一つの基準に存廃議論
  • 線区の区切り方によって輸送密度の値は大きく変動しうる
  • 輸送密度のみを重視した画一的な存廃判断には異論もあり

 

練習問題

理解度確認のための練習問題を掲載しておきますので、知識定着にご活用ください。

問1. A鉄道では2019年度の年間輸送人キロが50,495,190であった。なお、A鉄道の総営業キロは20.5㎞である。このとき、2019年度におけるA鉄道の輸送密度を求めよ。

問2. 以下の文の中から誤りを含むものを全て選択せよ。

   ア. 輸送密度を上げる方法として利用者数を増やすことが挙げられる。

   イ. 営業キロが長いほど輸送密度が高くなる。

   ウ. 国鉄時代末期にローカル線の廃止基準とされたのは輸送密度4,000人である。

   エ. 線区の区切り方を変えても輸送密度は変わらない。

練習問題の模範解答は次回の【鉄道用語解説】(3月18日公開予定)にて発表します。どうぞお楽しみに。

 

前回の練習問題の模範解答

問1. 15(人)×20(㎞)=300

問2. 822,000×2.5(㎞)=2,055,000

問3. C鉄道:400÷80(人)=5(㎞) / D鉄道:800÷50(人)=16(㎞) / いえること:C鉄道は輸送人員が多い一方で1人あたりの乗車距離が短く、D鉄道は輸送人員ではC鉄道に劣るものの1人あたりの乗車距離はC鉄道の約3倍と長い。結果として、輸送人キロで比較すると輸送の規模としてはD鉄道の方が大きいといえる。

 

 

それでは、最後までご覧いただきありがとうございました。

またお会いしましょう!

 

2022年3月16日

Nagatown

*1:JR北海道 (2018) 「当社単独では維持することが困難な線区について」 https://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/161215-4.pdf

*2:筒井 (2021) 「JR西社長『輸送密度2千人以下は非効率』路線見直しに目安」 https://www.asahi.com/articles/ASPDX72TBPDRPLFA004.html

*3:JR東日本 (2021) 「路線別ご利用状況(2016~2020年度)」https://www.jreast.co.jp/rosen_avr/pdf/2016-2020.pdf